消えた三日月を探して
「ちょっとどころか、もうすっかり夜じゃない」
「悪かったよ」と謝る彼が悪いのではないが、実はもう一件残っていたと聞かされては、暇を持て余しすぎて逆に辛くなる。
陽はすっかり西に傾き夜を迎えた空を仰ぎ見れば、濃き青に染まりつつある天に煌めく星ぼしが、まるで宝石のよう光り輝いていた。
「二人は幼馴染みだって?」
言いながら私たちを交互に見遣る彼は、店先で待たせていた例の青年。
「あー⋯⋯まぁそう。正確には友達以上恋人未満」
ニヤケ顔でどうしようもない冗談をかます久遠に、「どうとでも」と呆れる。至極簡単な言葉を交わす私たちを見つめ目尻を下げるもう一人の彼は、軽く肩を震わせ楽しそうにこちらの光景を眺めていた。
「それで、あなたたち二人はどういう関係?」
それはごく普通な疑問。二人の男に挟まれたまま真ん中から両サイドに話をふれば、さも当然の如く「友達」と返される。こうもあっさりと簡潔に答えられては、「そう」と納得する他返し文句は見つからなかった。
「俺とコイツも一応、幼馴染みってやつ。市松ほど長い付き合いじゃないけど、中高と二人してよくつるんでた」
高校を卒業して疎遠になってしまっていたが、最近また連絡を取り合うようになったのだと、久遠は頭の後ろで手を組む。それはまた妙な偶然だとも思った。
「それにしても⋯⋯何度見ても変わりようがエグイな。街中ですれ違っても、その格好なら絶対に気づかねぇよ」
「友だちなら分かるだろ!」そう反論する彼に、私も彼も大きく頭を左右にふる。結い上げた髪に下がり簪を挿し巾着かごを持った人を、男だと認識する人はそれこそ少ないはず。個性、人格、多種多様な今の世の中で固定観念に縛られることは良くないが、それでも薄ら化粧を施し紅をひいた綺麗な顔を見て、男性が同性の友だちだとピンと来るやつの方が珍しいと思う、と。
「お前らな⋯⋯」とこぼす久遠は、好き勝手言いやがってとこちらを睨んでいる。
「ってか、俺のことはいいよ! 狭山もせっかく来てもらったのに、詳しい話できないで悪かったな。明日なら昼から時間取れそうだから、お前の都合いい時にでも連絡くれよ」
「分かった」と久遠に頷く彼は、自分もこれから用事があると左手首に付けている腕時計を確認している。
「まぁ一応紹介しとくと、こいつは『九条市松』」
こちらを差す久遠の人差し指を強引に折り曲げながら、軽く会釈を返す。差し出された右手に応えるのは、改めての挨拶がわり。交わす握手から伝わる温もりはとても優しくて暖かくて、心から安心できた気がしていた。
「珍しい名前だね」と初対面の人には必ず言われる台詞を待っていると、目の前の彼はただ「よろしく」と微笑むだけ。
名残惜しさを感じつつ離れていく温もりに、「こいつは⋯⋯」と相手の方に親指を向ける久遠。言いかけた彼の言葉に重ねるよう「狭山聡司《さやまそうし》」と自ら名乗った青年は、「『居場所』見つけられたみたいだね」と笑った。
「悪かったよ」と謝る彼が悪いのではないが、実はもう一件残っていたと聞かされては、暇を持て余しすぎて逆に辛くなる。
陽はすっかり西に傾き夜を迎えた空を仰ぎ見れば、濃き青に染まりつつある天に煌めく星ぼしが、まるで宝石のよう光り輝いていた。
「二人は幼馴染みだって?」
言いながら私たちを交互に見遣る彼は、店先で待たせていた例の青年。
「あー⋯⋯まぁそう。正確には友達以上恋人未満」
ニヤケ顔でどうしようもない冗談をかます久遠に、「どうとでも」と呆れる。至極簡単な言葉を交わす私たちを見つめ目尻を下げるもう一人の彼は、軽く肩を震わせ楽しそうにこちらの光景を眺めていた。
「それで、あなたたち二人はどういう関係?」
それはごく普通な疑問。二人の男に挟まれたまま真ん中から両サイドに話をふれば、さも当然の如く「友達」と返される。こうもあっさりと簡潔に答えられては、「そう」と納得する他返し文句は見つからなかった。
「俺とコイツも一応、幼馴染みってやつ。市松ほど長い付き合いじゃないけど、中高と二人してよくつるんでた」
高校を卒業して疎遠になってしまっていたが、最近また連絡を取り合うようになったのだと、久遠は頭の後ろで手を組む。それはまた妙な偶然だとも思った。
「それにしても⋯⋯何度見ても変わりようがエグイな。街中ですれ違っても、その格好なら絶対に気づかねぇよ」
「友だちなら分かるだろ!」そう反論する彼に、私も彼も大きく頭を左右にふる。結い上げた髪に下がり簪を挿し巾着かごを持った人を、男だと認識する人はそれこそ少ないはず。個性、人格、多種多様な今の世の中で固定観念に縛られることは良くないが、それでも薄ら化粧を施し紅をひいた綺麗な顔を見て、男性が同性の友だちだとピンと来るやつの方が珍しいと思う、と。
「お前らな⋯⋯」とこぼす久遠は、好き勝手言いやがってとこちらを睨んでいる。
「ってか、俺のことはいいよ! 狭山もせっかく来てもらったのに、詳しい話できないで悪かったな。明日なら昼から時間取れそうだから、お前の都合いい時にでも連絡くれよ」
「分かった」と久遠に頷く彼は、自分もこれから用事があると左手首に付けている腕時計を確認している。
「まぁ一応紹介しとくと、こいつは『九条市松』」
こちらを差す久遠の人差し指を強引に折り曲げながら、軽く会釈を返す。差し出された右手に応えるのは、改めての挨拶がわり。交わす握手から伝わる温もりはとても優しくて暖かくて、心から安心できた気がしていた。
「珍しい名前だね」と初対面の人には必ず言われる台詞を待っていると、目の前の彼はただ「よろしく」と微笑むだけ。
名残惜しさを感じつつ離れていく温もりに、「こいつは⋯⋯」と相手の方に親指を向ける久遠。言いかけた彼の言葉に重ねるよう「狭山聡司《さやまそうし》」と自ら名乗った青年は、「『居場所』見つけられたみたいだね」と笑った。