消えた三日月を探して
「覚えててくれたの?」

 思わぬ再会に記憶の波を辿らずとも浮かぶ場面。忘れられてはいなかったと共有できた再会に、自身の表情も嬉々としていた。

「初対面でいきなりあぁも目の前で泣かれたら、忘れようにも忘れられないしな」

 そこには触れないで欲しかったが、確かに自分でもあの涙は衝撃的だった。

「一体何の話だよ!? 狭山⋯⋯お前、市松に何したんだよ!?」

「何もしてねぇよ。彼女が一人で勝手に泣いただけ」

「まぁ、否定はしないけど⋯⋯もう少し言い様ってもんがあんでしょ?」

「俺にキレんなよ⋯⋯」

 何故だろう?

 三人でこうして肩を並べて歩くことに、言葉には表現し難い感情が込み上げてくる。それは懐かしさとも、切なさともとれる郷愁にも似た不思議な感覚で、戸惑いながらもどことない嬉しさが相まっていたのだ。

 そんな中、ふと頭をよぎった疑問。躊躇うことなく言葉を発したのは、ちょっとした興味からだった。

「狭山くんの『狭山』⋯⋯ってもしかして『狭山堂』さんと関係あったりする? 呉服屋さんの」

 同じ名前だから必ずしも親戚や血縁関係があるとは限らない。ただ偶然が何度も続いたので、どうしてだか気になってしょうがなかったのだ。

「え? ⋯⋯あ⋯⋯まぁ⋯⋯」

 割と物言いははっきりとしている彼の何とも歯切れの悪いその返事に、訊いてしまったことを激しく後悔。「そうなんだ」と前髪から見え隠れするその瞳から目を逸らし、気づかれないようため息を吐いていた。

 何かを誤魔化すよう「そろそろ行くよ」と聞こえた声に「おぉ」という男同士の会話。どこか逃げるよう去っていく後ろ姿を見送りながら、送って行かなくて大丈夫なのかと使わなくてもよさそうな気を使ってしまう。そこまですると逆に鬱陶しがられるだけだと、遠くなっていくその背中を久遠と見送っていた。

「私、まずいこと聞いちゃったかな?」

「まぁ、アイツん家も色々と複雑だから」

 何だか気まずい別れになり、その後の「さよなら」が尾を引いていた。

 夜の帳は下ろされ、夜風は蒸し暑い夏の湿気を含み少し重い。

 橋の中間まで来たところで二人して立ち止まり、眼下を流れる川の水面を見下ろす。そこに伸びる三日月の白い光を眺めながら、何となく隣を見遣った。

 小袖姿のままの彼に、いくら『()』だと言えど着物で暑くないかと尋ねる。慣れたら以外と平気だと襟を正す彼は、今ではこの姿で過ごす時間の方が長いから気にならなくなったのだと笑った。
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