消えた三日月を探して
 伝う涙は止まったが、残るその跡がハンカチに。冷静になった所で、さてこれをどうしようかと悩む。

「やるよ、ソレ」

 私の心が読めたのか? 簡潔な彼の言葉で全ては解決。

 草木染めのような温かな風合いを醸し出す生成のハンカチ。涙で汚してしまったことを申し訳なく感じては、その場で遠慮することもできず。その僅かな行為に甘えることにした。

 どことなく漂う大人の色香の中、少年のような無邪気さが見え隠れする様がその青年の魅力。「何か、ごめんなさい」と伝えるのがやっとの私にクールな笑みを浮かべ、「それじゃあ」と言って後腐れなく立ち去って行く。

 段々と遠くなるその背中をじっと見つめながら、どこか名残惜しささえ感じてしまっていた。

 ふと手元に視線を落とせば、例のハンカチのその隅に『狭山堂』と茶色の糸で刺繍された落款(らっかん)を見つける。

「『さやま⋯⋯どう』?」

 それはどこか聞き覚えのある名前だった。

 この記憶の片隅に見え隠れする思い出の影────か? 

 しかし考えても考えても一向に見えない答えに、とりあえずは俯いたままだった顔を上げる。するとふわりと微笑むような風が、彼の後を追うかのよう側を通り過ぎる。差し込む朝日に照らされ、まだ日陰だった場所にも太陽の光が届いていた。

 無意識に見上げた空をぐるりと見渡せば、軽く霞がかった青い空を少し足早に横切る雲が通り過ぎて行く。

 こんな朝も悪くないと思えた。

「出会い」と「別れ」────常に交差するその二つは、時に人の人生を大きく変えることもある。

 そろそろ仕事だと、ようやく立ち上がる気になったその重い腰。再び歩き始めた私の背中を、若葉揺らすそよ風がそっと掠めていった。
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