消えた三日月を探して
「えぇ、それでお願いします。詳細はまた明日、お会いした時に⋯⋯はい、では」
「失礼します」と言葉を結び電話を切ったその人をまじまじと見つめる。紺のスーツをオシャレに着こなすその美男子は驚くなかれ「『狭山堂』の社長さん?」だった。
近しいニュースは、今度『椿姫屋』とのコラボ企画を控えているらしい今朝の情報。スマホをジャケットの内ポケットにしまうと、軽く会釈をしながら「この前はどうも」と柔らかく微笑む。「早速、ご縁がありましたね」と言われて思い出したあの日の別れ際の台詞に、もしかしたら偶然ではなく必然なのでは? という疑問が浮かんできた。
とりあえずその場に突っ立っていても何にもならない。とにかく座敷に上がって下さいと促し自分も靴を脱いだ。
「で、これなんだけど⋯⋯」
たとう紙の紐をほどき広げられた着物は、真っ赤な椿が描かれた紺色の大島紬。
「素敵な大島ですね」
「えぇ、母の友人のお着物らしくて。この前、その方の娘さんがご結婚なさったそうなんですが、海外へのお引っ越しが予定より早まってしまったらしいんです。着物を一枚でも持っていかせたいとそのお母様は思っていたらしく、是非とも出発に間に合わせてもらえないかと、お願いされまして」
「それでお直しを⋯⋯。身幅はこのままでいいんですか?」
「はい。体型は娘さんとそう変わらないそうで、裄と身丈をと頼まれました。身幅の寸法は着物に合わせて頂ければ良いのですが、裄は一尺八寸五分以上とれますか?」
「きちんと見てみないと分からないですけど、大島ですから縮みも少ないと思うので⋯⋯恐らく大丈夫かと」
突然にすみません、と頭を下げられ「いいえいいえ」とそつない笑顔を返す。珍しく口を挟んでこない姉は、広げられたままの着物を無言で畳んでいた。
大島独特の衣擦れの音が鼓膜を刺激する。
「何時までに仕上げれば?」
止まることなく進む秒針を眺めながら問えば、目の前に正座するその人は「できれば⋯⋯明日の正午までに」と、少し遠慮がちに声を細める。手にした荷物をその場に置き、大丈夫です! と自分を勇気づけるつもりでそう返す。「無理を言って申し訳ありません」とまたも深々と頭を下げられては、逆にこちらが恐縮してしまう。遠慮など無用だと笑顔を向ければ「いいんですよ」と私より大きな声がその場をフォローしていた。
「どうせ今夜は暇なんですから」という随分な言い様に、さすがの彼も苦笑い。
「失礼します」と言葉を結び電話を切ったその人をまじまじと見つめる。紺のスーツをオシャレに着こなすその美男子は驚くなかれ「『狭山堂』の社長さん?」だった。
近しいニュースは、今度『椿姫屋』とのコラボ企画を控えているらしい今朝の情報。スマホをジャケットの内ポケットにしまうと、軽く会釈をしながら「この前はどうも」と柔らかく微笑む。「早速、ご縁がありましたね」と言われて思い出したあの日の別れ際の台詞に、もしかしたら偶然ではなく必然なのでは? という疑問が浮かんできた。
とりあえずその場に突っ立っていても何にもならない。とにかく座敷に上がって下さいと促し自分も靴を脱いだ。
「で、これなんだけど⋯⋯」
たとう紙の紐をほどき広げられた着物は、真っ赤な椿が描かれた紺色の大島紬。
「素敵な大島ですね」
「えぇ、母の友人のお着物らしくて。この前、その方の娘さんがご結婚なさったそうなんですが、海外へのお引っ越しが予定より早まってしまったらしいんです。着物を一枚でも持っていかせたいとそのお母様は思っていたらしく、是非とも出発に間に合わせてもらえないかと、お願いされまして」
「それでお直しを⋯⋯。身幅はこのままでいいんですか?」
「はい。体型は娘さんとそう変わらないそうで、裄と身丈をと頼まれました。身幅の寸法は着物に合わせて頂ければ良いのですが、裄は一尺八寸五分以上とれますか?」
「きちんと見てみないと分からないですけど、大島ですから縮みも少ないと思うので⋯⋯恐らく大丈夫かと」
突然にすみません、と頭を下げられ「いいえいいえ」とそつない笑顔を返す。珍しく口を挟んでこない姉は、広げられたままの着物を無言で畳んでいた。
大島独特の衣擦れの音が鼓膜を刺激する。
「何時までに仕上げれば?」
止まることなく進む秒針を眺めながら問えば、目の前に正座するその人は「できれば⋯⋯明日の正午までに」と、少し遠慮がちに声を細める。手にした荷物をその場に置き、大丈夫です! と自分を勇気づけるつもりでそう返す。「無理を言って申し訳ありません」とまたも深々と頭を下げられては、逆にこちらが恐縮してしまう。遠慮など無用だと笑顔を向ければ「いいんですよ」と私より大きな声がその場をフォローしていた。
「どうせ今夜は暇なんですから」という随分な言い様に、さすがの彼も苦笑い。