消えた三日月を探して
 直哉さんを心配しつつ投げられた下駄を手に取ると、そっぽを向いたままの源さんの足元に置く。

「まったく、また何喧嘩したの?」

 ここは真っ昼間の茶屋街だ。町家が多く立ち並ぶこの界隈には、それこそ観光客も大勢足を運ぶ。そんな日中に大人げない行動はよしてよと、その背中を支えた。

「まだまだ小童(こわっぱ)のくせに、わしに喧嘩売りよってからに! あの若造が!!」

「若造って⋯⋯自分の孫でしょ。理由は? またお気に入りのお姐さんが久遠贔屓になっちゃった、とか?」

 昔から女好きで有名な源さんはそちらもまだまだ現役。芸妓さんや飲み屋のお姉さん絡みでお弟子さんたちと揉めるのは日常茶飯事のことで。自分のお気に入りの芸妓さんの気を引いたとか、行きつけの飲み屋のお姉ちゃんを横取りした⋯⋯とか、しないとか。そんな理由ばかり。

「で、今回は孫と女性を取り合いしてんの? ったく、いい加減にしなよ」

 話を聞いているのかいないのか⋯⋯いや、聞こえてはいるが聞こえていないふりでやり過ごそうとする源さんにそれ以上は何も言えず。ふぅーと息を吐き、「お市、またなっ」と手を上げ、来た道を振り返る。ガハハと笑い声を上げ歩き帰っていくその姿を、手を振り見送っていた。

 去り行く背中に「またね」と呟き、源さんとは反対方向に歩を進める。肩から落ちそうになっていたバッグをかけ直し直哉さんの側へ歩み寄ると、どこかへ急いでいたのではないかとその隣に並んだ。

「いや、急ぎの用事じゃねぇから大丈夫だ。お前の方こそ、もしかして徹夜上がりか?」

「そっ。今、一仕事終えたとこ」

「何やってたんだよ、一晩中」

「突然の着物のお直し。徹夜してギリ」

「謙遜すんなよ。もう一端の職人じゃねぇか」

「煽てないでよ。職人どころか、自分の腕の悪さを痛感した一晩でした」

 欠伸をしながら背伸びをすると、背中の骨がポキポキと面白いほど鳴る。それ以上突っ込んで来ない直哉さんはただ一言、「お疲れさん」とさり気ない労いをくれただけ。他愛ない会話の後彼と別れたのは、それから数分ほど歩いた路地だった。

 見上げた空は青々として雲ひとつない。

 これからやっと一眠り出来ると、真上にある太陽に目を細め家路を急いだ。
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