消えた三日月を探して
 何? 何のこと? と、やり取りする久遠と姉を交互に見遣る。「打ち合わせ」だと聞かされはしたが、詳しい用件を知る由もないこちらは、状況を把握できてはからりいない。そんな私に気づいた姉は、「あら? 言ってなかったっけ?」なんて、今更ながら惚けていた。

「昨日話したじゃない、取材の件。それであなたにも着付け師補助として参加してって言ったでしょ? その打ち合わせを今日するって⋯⋯話さなかったっけ?」

 聞かれ全く聞き覚えがない事実に頭を左右に振る。「ごめんね」と肩を竦めるその仕草に、別に可愛くないよ目を逸らした。

 完全無欠のキャリアウーマンなら殊更鼻につくところだが、生憎、美咲はミスパーフェクトではない。デキル女気取るどころか、たまにかましてくれるド天然さが可愛い人だ。まぁ仕方ないかと諦めつつ、不満の矛先は友人の方へ。昨日も会っているのに、知っていたのならなぜ教えてくれなかったのか、と彼を問い詰める。けれどその言い訳は、美咲さんと同じく「忘れてた」というやはり在り来りなものだった。

 あまりにも簡潔でまるで定型文のように聞こえてくるその台詞に、「あのねぇ!」と突っかかる。そこに横槍を入れてくる姉は、相変わらずだとでも言いたげな笑顔で私たちを見つめていた。

「まったく。仲が良いのは結構なことだけど、一応仕事なんだから、これからは報告だけでもしてよ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 反射的に口から出た言葉。

 支えなく突っ立っていると何かに凭れたくなり、巾着やポーチ類が並べられた低い陳列棚に寄りかかる。

「それと、タウン誌の記者も今日来ることになってて。今近所まで来てるらしいから、ちょっと迎えに行ってあげてくれない?」

 そう左右に動く視線が捉えているのは私と久遠。

「何? 二人で行けっての?」

 先程の私の嫌味は完全に右から左に聞き流され、打ち合わせは四時からだとだけ言うと、美咲は自身の店に戻っていく。視界から段々と消えるその後ろ姿に「はいはい」と零せば、「行くぞ」と久遠に腕を引っ張られた。

 良くも悪くも遠慮なしな姉には、これまで何度煮え湯を飲まされたかしれない。もはや反抗する気も失せた私は、子供じゃあるまいしと投げやりにも上司の命令に従うことにした。

「完全に美咲のペースだな」という直哉さんは、自分もこれから用事があると出かける準備を始める。一時間ほど店を空けると戸締りをする彼と三人、店を出たのはそのすぐ後だった。

 外は相変わらず容赦ない太陽に晒されている。日焼けを気にしながら陰を探して歩く私に倣うよう、太陽には当たりたくないと日陰を求めて歩く久遠。紫外線は美肌の大敵だと、その眩しさに伏せ目がちになる私の少し後ろに続いていた。
< 36 / 122 >

この作品をシェア

pagetop