消えた三日月を探して
 しまったなぁと下げた目線。ふと辿り着いた視線の先は、その「狭山聡司」の手荷物。何かの機材でも入っているのだろうか? 頑丈そうなケースを肩にかけている。

「もしかして、タウン誌の記者って狭山さんのこと?」

 恐る恐る尋ねてみれば、カメラマン兼記者だという。自分がいるのは小さい出版社だから、写真も記事も一人でこなすのだと話してくれた。加えて、人気フォトグラファーでもあるらしい彼は、この度の雑誌の撮影も任されているとのことだった。

「君、九条さんとも知り合い?」

「妹です」

「あ⋯⋯そうなんだ」

「あなたをお店に案内するよう、言付かって参りました」

 悪戯に騒ぐ心音に、胸中を悟られまいと逆に無愛想になる言動。

「やっぱり、お前が来たんだ」と凡その見当はついていたという久遠を真ん中に横並びになれば、蚊帳の外へ押し出されたのはやっぱり自分だった。

「よく言うよ。直兄(なおにい)と裏でコソコソ動き回ってたクセに。お前だろ? 兄貴に余計なこと言ったの」

「影で暗躍してたのは直哉さん。俺は話を合わせてただけ」

「余計ムカつくわ」

 二人の軽妙な会話の中、最近外出気味だった直哉さんの事情をこの時何となく理解する。次いで、私たちの共通の知り合いがその直哉さんだと知った。

「正直、初めは断るつもりだったんだけど⋯⋯。まぁ、ギャラ的にも悪い話じゃなかったし」

「生々しい話だな」

「背に腹はかえられない、って話だよ」

「今や名の知れたフォトグラファーか」

「お前の方こそ、その格好からしてある意味⋯⋯有名だろ?」

「まぁ、おかげさまで」

 野郎二人────傍から見れば、恋人同士に見えなくもない彼らの話を聞き流しながら、炎天下の石畳をとぼとぼとついて歩いていた。
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