消えた三日月を探して
「狭山くん、今日はわざわざありがとう」

 挨拶もそこそこに、姉から今後の大まかな予定を聞かされる。

 撮影開始は今月末から行われ、私は着付け師の一人として久遠の補助につくことに。モデルはプロが一人後々合流することになっており、後は花洛に住む女性を対象に公募し、芸妓さんを含めもうすでに何人か選ばれている────というのが事の詳細だった。

「じゃあ、君も着付け師?」

「まぁ、一応は」と頷く。本業は「和裁士」だと狭山さんに説明する姉は、「和服に精通している人間には見えないでしょ?」と彼にコソコソ耳打ちしている。あんな身なりして⋯⋯と私の服装にケチをつける彼女に、動きやすければ何でもいいのだと、女子力皆無な様を開けっぴろげにしてしまっていた。

「市松を見てると、久遠の方がよっぽど美意識高いわよ」

「女捨ててすみませんね!」

 Tシャツにジーンズ姿の何がいけないのか? 普段はラフな格好でも、TPOは弁えているつもりだ。

「もう少し女らしくしたら? て言ってはみるんだけど、いつも文句しか返ってこないし、結局はあぁなのよ」

 昔はもっと可愛げだったと言う彼女に「俺もあの格好しか最近見ないな」と同調する久遠に、「ほっとけ」と小声で睨みをきかせる。

「何より着物が似合うのよね、あんたは。母さんとおばあちゃんが太鼓判押すくらいだからね。本心を言えばさ、市松をモデルにできたらって思ってたんだけど⋯⋯」

 その企みは、起案した時点で儚くも久遠に却下されたのだとか。よくぞ断ってくれたと、彼に心の中で拍手を送った。

「目立つことは嫌いですから、黒子でいさせて下さい」

「あんたって本当に、文句しか言わないのね?」

「文句は言ってないでしょ? そっとしておいてって言ってるの!」

「せっかくなんだから、勿体ないって私は言いたい」

「だからほっといて」

 呆れる久遠に、クールな表情の狭山さん。喧嘩するほど仲がいいとはよく言うが、確かに仲が良くても意見や考え方が違えば異論も多々あるのだ。

「まあ、ここであんたと言い合いしてても何にもならないし。社長が来るまでもう少し時間があるから、狭山くんゆっくりしていって。市松は仕立てやってていいよ」

 普段の日の昼間、それも週明けの月曜日ともなれば、通常は客足が少ないのも頷ける。しかし観光客絶えぬこの街では、土日祝日関係ないのだ。

 それは『男衆』を本業としている久遠も同じこと。鳴り続けるそれは彼のスマホの着信音で、懐から取り出したはいいものの「ジジイからだ」と電話には出ようとはしない。「出なくていいの?」と問う姉に「面倒臭い」とバッサリ。花街の重鎮相手にその連絡をこうも簡単に拒否できるのは、この街を広く探してもきっと彼だけ。
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