消えた三日月を探して

◌ ͙❁˚肆『我が上の星は見えぬ』

 朝は普通「おはよう」だと思う。決して障子を豪快に開けるのが、挨拶ではない⋯⋯はず。

「母さんさぁ、日に日に起こし方が乱暴になってない?」

 それで今朝は何なのかと身を起こし、スマホで時間を確認。ただ今六時半ジャストの秒針に思いっきり項垂れた。

「昨夜、美咲から連絡があって、市松を朝必ず叩き起こしていうて、母さんが文句言われたんよ! あんたこの間の撮影、初日にもかかわらんと大遅刻して皆さんに迷惑かけたんと違う?」

「いやっ、まぁ⋯⋯確かに、迷惑かけてしまいましたけど⋯⋯。でも! 最近本当に忙しすぎて、毎日深夜まで仕立てやってんのよ? やっと振袖仕上げたかと思ったら、今度はお店のお客さんの仕立てが山のように⋯⋯」

「泣き言うてもいきません! そんなん言い訳にもならんわ」

 母の言っていることはごもっとも。けれど、これくらいのグチ、少しは許されてもいいとも思うのだ。

 しかし、置屋の女将はそんなに甘くはなかった。

「さっさと着替えて下りてきなさい。明日も撮影があるんやろ? その準備もあるから市松がおらんと困るて、美咲がそう言うてたよ」

 確かにこの間は大遅刻をした。自分でもしでかしてしまったと、周りの雰囲気には目も当てられない状況で。久遠に至っては「市松らしいな」と笑っていたけれど、現場の空気はかなり刺々しかたのを覚えている。

 姉にとっても実の妹の所行に相当堪えたのだろう。私ではなく母に連絡してくるところを見れば、二度としでかしてくれるな! という圧力に他ならない。

 自業自得────まさに今の私の現状だった。

 身支度をすませ、階下に降りると栄養バランス整った朝ご飯が用意されていた。

 熱々のお味噌汁をそっと啜れば、寝起きの身体に染み渡る手作りの温かさに「美味しい」という一言が自然に零れる。ふんわりと焼けた綺麗なだし巻き玉子をひと口、鮭を箸で突っつきながら大あくびをすると、「お行儀悪い」と叱られた。

 早起きは三文の徳というが、私にはただただ睡眠不足が重なるだけ。

 朝食を残さずたいらげ、「ごちそうさま」と箸を置く。畳に敷かれた座布団からよろよろと立ち上がる私に、またも飛んでくる母の声が「シャキッとしなさい!」と言いながら奥座敷に消えていった。

「何か一言言わないと気が済まないのかね?」

 バッグを肩にかけると、お弁当だと用意されていたお重に少しばかり気分は高揚。意外とずっしりとくるそれを手に「行ってきまぁす」と一声かけて玄関の引き戸を閉めた。

 七月は終われど、暑さはまだまだこれからが本番。気づけば八月も第一週目を終えようとしている。

 バタバタした予定の中、まだ定まっていなかった『太夫道中』の日時もようやく決定。そのポスター撮影が急遽追加され、急かされるよう必死で仕立て上げた振袖たちがようやく日の目を見ることに。今日はそれが楽しみで仕方なかった。
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