消えた三日月を探して
「そもそも聡司のせいじゃないし。誰が悪いって話でもない。悪いのは⋯⋯私⋯⋯多分」

「いや、市松は悪くない。それだけは言いきれる。今日のことも俺が余計なお節介やいたから、久遠の神経逆なでしたようなもんだし。ホントにごめん⋯⋯アリサのことも含めて」

 呟くその言葉に、運針の手が止まる。思わず顔を上げると、とても切なそうで痛々しい綺麗な顔がこちらをじっと見つめていた。

「別にイイコぶる気はないんだけど、確かに、私なんかが彼女の代わりやってたら、アリサもいい気はしなかったろうな⋯⋯とも思う」

 モデルとしてのプライドと、友人、元恋人への思い。彼女にはそのどちらも譲れない大切なものだったに違いない。そこへ中途半端な私が現れたものだから、腹立たしくて仕方なくなった────とか。

「だけど、ポスター撮影を含めて太夫道中をここでキャンセルしたのは、完全にあいつのワガママだ。俺には市松に対する八つ当たりとしか思えない」

「まぁ、否定出来ないところもあるけど、それだけ思われてるってことじゃない? あなたが」

 愛するより愛される方が幸せ⋯⋯なんて話もよく聞く。まぁ、それについては人によって見方や感じ方が違うから一概には言えないだろうけれど、少なくとも、可愛い女の子に好意を向けられているとしたら男の方も悪い気はしないはずだ。

 しかし、「それって喜ばしいこと?」などと返してくるあたり、彼にとって『愛』は普遍的なものではないらしい。

 今は別れた二人でも、かつては恋人同士。愛し合った過去があるのであれば、それを疑問に思う彼が私にはよく分からなかった。

「あんなに美人に愛されて、何の文句があんのよ? まぁ、聡司なら女は選び放題でしょうけど。何が問題?」

 表を縫い終わりシワにならないよう畳む。次に裏を仕上げるべく、まずは衽接(おくみはぎ)からと、衽上(おくみかみ)裏衽八掛(うらおくみはっかけ)を裏表にまち針を打つ。よく分からないと針に糸を通す私に、案外無責任なんだなと返され針穴を見失った。

「俺を追い出す気? お前のテリトリーから。俺の意思は無視ってわけ?」

 何となく責められているような気がして、しかめっ面になる。
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