消えた三日月を探して
「そんなこと私に言われても。それはあなたたち二人の間の問題でしょ?」

「関係ない⋯⋯とでも言う気?」

「二人の問題に私は関係ないって言ってるの。その後のことは、私自身の問題。────何もかも、始まりは『私』にある。私の忘れてる記憶の中に⋯⋯この頭の中に⋯⋯」

「だから、俺は関係ない⋯⋯?」

「そうじゃなくて────」

「じゃ何? “好きだった女”が目の前で辛そうにしてるのに、見なかったふりしてほっとけっていうの? 」

 自分はそこまで冷酷じゃないと、どこか必死な彼がこの心をかき乱してくれる。「好きだった」何てトンデモナイ発言をかましてくれる相手を凝視していた。お陰で針穴になかなか糸が通らない。あーもうっ! とイラつく気持ちに「今はそっとしといて!」と声を上げる。

「面倒事は嫌なの! 面倒臭いこと大っ嫌い!!」

 ただでさえ変わり行く日々に『変化』を見せられ、疲労困憊なのに、聡司に加え、今ここにはいない彼にも気持ちを振り回されている。

「ほっとけないから、俺も困ってるんだよ」

 今は久遠のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、目の前の男まで何を言い出すのだろうと、引き抜く糸が絡まり手が止まる。困惑と動揺で左手の親指を間違って刺してしまった。

 意外に驚いている聡司が「大丈夫?」と窺いながら、滲む血を止血するべく親指を咥えた私を見て思いっきり笑う。笑い事じゃないと文句をひとつ、針箱から絆創膏を取り出すが早いか「貼ってやる」とそれを奪われた。

「動揺しすぎだろ?」

「変なこと言うから」

「正直な気持ちだよ。久遠に聞かれたら、また殴られそうだけどな」

 悪戯に笑いながら貼り終えたと、絆創膏の残骸をゴミ箱に投げ入れる。

「ありがとう」の返しは「どういたしまして」が決まり文句。再び針を持ち残りの箇所を縫ったあと、その衽接にコテを当てながら、「疲れた」ともらす。

 その後、彼が久遠との話題に触れることはなく、他愛もない話で時をやり過ごした。

 縫い上がった裾にしつけをし、落とし(しつけの一種)をしてから背中心の中綴じ(表の生地と裏の生地を離れないよう止める方法)をし畳む。今日はもう終了だと、帰り支度を始めた私に、またも店の方から「市松いるの?」と言いながら近づいてくるヒールの音が聞こえた。
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