消えた三日月を探して
 夜遅くの来客は、限られている。

 暖簾を潜り聡司の姿を視界に捉えた姉は「あら、こんばんは」と驚き、抱えていた荷物をその場に置いた。そしてまるで珍しいものでも見るように、私たちを交互に観察しながら「ちょうどいいわ」と何となく困ったように呟いたのだ。

「どうかしたの?」

 何かあったのかと尋ねる私に、何かを言いにくそうな姉。「うん⋯⋯」と口ごもる彼女は、私には少し言いづらいことなのだと視線を下に向けた。

「実はね⋯⋯⋯⋯市松に謝らなきゃならないことがあって」

 そう切り出すその人にピンときたのは太夫道中。「もしかして⋯⋯私、太夫をクビ?」と冗談交じりで話をふれば、申し訳なさそうに首を縦に振った。

「アリサちゃんが⋯⋯やっぱり出るって、連絡があったらしくて」

「代表にね」と加える姉は、本当に申し訳なさそうに私を見つめる。

「それに、さっきの騒ぎ⋯⋯がね。ちょっと問題になってて⋯⋯」

「だからあれは、市松のせいじゃ────」と前のめりになる聡司に、久遠も同じことを言っていたと頷いていた。

「それは分かってるわ。でも、現場では市松が原因ってことになってて」

「どうせアリサが一人で騒いでるんだ、きっと」

 分かりやすいと聡司が鼻で笑う。

 姉もいつの間にか現場を仕切りつつあるアリサに、頭を悩ましているようだった。しかも彼女に堂々と文句を言えるのは久遠と聡司だけ。美咲は立場上強くは言えないし、瑞保さんは忙しい人なのでそう現場には現れない。だから、アリサの天下になっているのだ。

「今、市松があの場にいれば、きっと嫌な思いをすると思うの。あんたならそれも仕事のうちだっていうんだろうけど、姉としては無理してまで現場にいなくてもいいのよって⋯⋯」

「その方が気楽でしょ?」と加える。そんな美咲の表情は、本当に申し訳なさそうだった。

「なら、それでいいじゃない! 何か問題でもあるの?」

 予想は的中で、問題は解決。あまりにもあっけらかんと答える私に驚いていたのは美咲だけではなかった。姉と同じく拍子抜けしたようにポカンとしている聡司も、こちらを見つめたまま動かない。
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