消えた三日月を探して
「私に気を使う必要はないよ。どっちにしろ、こっちにはまだ仕立てが残ってるし。いくらアリサでも、和裁士の変わりはできないでしょ?」
「けど、今日撮影した写真も差し替えになっちゃうんだよ?」
「そうなんですか?」と割って入ってきたのは、この日撮影した本人。参加者が変更になるなら、ポスターもやはり変えるべきだという話になったのだと、姉はそこかしこに落ちていた糸くずを拾い集めながらシュンとなる。
元気印の彼女が萎びたキュウリみたいに見えて、少し可笑しい。めったに見られない落ち込みように、半笑いになりながら「いいんじゃない?」とゴミ箱を渡した。
「元々、私の存在がイレギュラーだっただけだし。こっちは縫うの専門。通常通りのスケジュールに戻っただけじゃない」
「私的には、最後まで市松にやり通してほしかったんだけどね。だって⋯⋯思いの外、『市松太夫』が見事だったからさぁ」
あんたは悔しくないの? と聞かれ、全然と即答してしまった。
ぶっちゃけ、内心ホッとしている。
大体、人前に立つのは好きじゃないし苦手。姉もそんな私の性格を知っているはずだから、納得はしてくれているのだろうが、本心は「残念」だとこぼれるため息が物語っていた。まぁ、その気持ちはとても嬉しかったけれど⋯⋯。
「それであっさり、アリサに交代ですか?」
ふと声を上げたのは聡司。眼光鋭く姉を見つめる彼は、それこそ納得いかないと髪をかきあげていた。
やはりそれが当初の予定だからと言う姉に、自分から代表に連絡するという彼を私は慌てて止める。
「ちょっと! 止めてよ!!」
「お前は本当にいいの? 自分が忙しい中一生懸命仕立てたあの着物に、今度はアリサが袖を通すことになるんだぞ!?」
「いやぁ、着物は着てもらってなんぼだから。別にそこまで⋯⋯」
「お前、意外とドライなんだな。少しくらい、悔しいとかって感情はないの? 俺も美咲さんに激しく同意。市松の方が太夫姿似合ってる」
「アリサの太夫まだ見てないじゃん」
「見なくても分かるよ。アリサにお前ほどの色気は出せない、絶対」
そう言ってもらえるのはとてもありがたいことだが、やっぱり私には裏方がよく似合っている。
「狭山くん、ありがとう。市松にそこまで言ってくれて。だけど、やっぱりモデルはアリサさんだから」
着付け師としてこれまで通り参加してくれるかしら? と窺う彼女に異論はない。「もちろん」と頷けば、目の前の彼は「それでいいんだ⋯⋯」と諦めきれないといった感じで呟いた。
「本人が納得してるんだから、もういいの! それが私の役割ですから」
任せてと言いながら、コテの電源を引き抜いた。