消えた三日月を探して
「なんか着慣れてるな」

「そう?」

 似合ってると言う久遠の言葉に、恥ずかしくて鏡を見るふりして背を向ける。彼は昔からそういうヤツだ。遠回しな表現が出来ないのか、嘘がつけないのか分からないが、何事に対しても基本的にストレート。そんなだから、高校時代も女子生徒に勘違いされては告白されて⋯⋯なんてことがよくあったのだ。要するに当時は大モテ。

 今現在女の子に見紛うほど綺麗な顔をしているのだから、当時のイケメン振りには、自分が幼馴染みであることが恥ずかしかった。

「お着物、お好きですか?」

 ぼんやりと鏡を眺めているところへ聞こえた女将さんの声。「もしかして⋯⋯」そう続けるその人は、どうやら私の実家を知っているようだった。

「やっぱり、『九条』の女将さんとこの。通りでお顔に見覚えがあるなって思ってたんですよ。『市松』っていうお名前も、そうはおられないでしょ? さすがは『市さよ』姉さんの娘さん。通りで、お着物にも慣れてらっしゃるんですね。確か姉妹さんでしたよね? お姉さんは⋯⋯確か⋯⋯」

「美咲のことですか?」

「そうそう、美咲さん。この近くで『椿姫屋』っていう呉服屋さんしてる。和服のデザイナーさんですってね?」

「そうです」

「そしたら、市松さんは?」

「あー⋯⋯、一応専門学校卒業したんですけど、定職にもつかないでフラフラしてて⋯⋯⋯⋯それを見兼ねた姉がうちの店で働いたらいいって」

「それで帰って来られたんですね」

「はい」と頷けば、側で女将さんとのやり取りを聞いていた久遠が「何の専門学校?」と割って入ってくる。

「和裁の学校」と答えれば、そこで合点がいったのか「なるどね」と納得していた。

「だから、着付けも出来るわけだ」

「そしたら、美咲さんとこでは和裁士さんとして?」

「いえ⋯⋯それは今休業中⋯⋯みたいな。姉のお店では目下接客担当です」

 苦笑いを返しながら腰を下ろすと、脱ぎ散らかしていた衣服を畳み立ち上がる。トートバッグにそれを詰め込むと、女将さんに続いてその部屋を出た。

「でも何で接客なんだよ? 卒業したんなら、資格取ったんだろ?」

「一応、技能士」

「立派なもんじゃないですか!」

「そうでもないですよ、資格取っただけで終わっちゃったんで。続けていく根性もなくて」
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