消えた三日月を探して
「後は俺が送ってくから、お前はもう帰れよ」

 感情の起伏なく突き放すような言葉で、久遠の腕は私を引き寄せる。

「いつからお前のものになったんだよ?」

 彼に肩を抱かれ戸惑う私を一瞥し、聡司は冷静に問うた。

「間違っても、狭山の女じゃねぇから」

「そう言うお前も“ただの”幼馴染みだろ?」

「お前は市松の『記憶』にすら残ってない────」

「それが何だ?」

「最近、コイツにまとわりつきすぎなんじゃねぇの? そのせいでアリサが市松に絡んでたんだ。何とかしろよな」

「難癖つけてんじゃねぇよ。お前の許可は求めていない。市松に迷惑だって言われたら、距離を置くよ」

 嫌味ばかりを並べる久遠にかろうじて冷静さを保っている聡司。そんな二人に頭を抱えながら、とにかくここは互いを引き離すべきだと、その間に割って入った。

「今日のところは、もうこれで終わりにして」

 皆、帰ろうと彼らを交互に見遣る。

「今日はもう帰ろ、久遠!」

 こっちを見ろ! と彼の着物の袖を引く。揺れる下がり簪が、その顔に影を作っていた。

「狭山くん、今日はありがとう。遅くまでごめんね。後は久遠に送ってもらうから⋯⋯大丈夫」

 この険悪なムードはいつまで続くのだろう? 久遠の今まで見たこともない機嫌の悪さに、とても「聡司」と呼び捨てにはできず。まだ久遠より冷静であろうと見える彼に、こちらの気持ちをくんでよと目配せをし、急いで背を向けた。もうこれ以上のゴタゴタは勘弁して欲しいと願えば、「市松、話がある」と言う久遠。どうしてもだと無理やり引かれる腕に、身体を引きずられるよう彼の後に続いた。

「お疲れ様です」とすれ違う顔見知りの芸妓さんに取り敢えずの愛想を振りまきながら、無言のままの彼の少し後ろを歩く。この手は繋がれたままだった。

 彼は一体何を抱え込み、何を隠しているのだろうか? その疑問ばかりが、ここ数日間私の心を支配しているのだ。

 まだまだ絶えぬ人の影が、私たちだけではないと少しばかりの安堵感をくれる。

 散漫になっている集中力をかき集めるように「市松⋯⋯」と呼びかけられ顔をあげた瞬間、強く引き寄せられた身体は、そのままきつく抱きしめられた。

 そう、とても強く息苦しいほどに⋯⋯。
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