消えた三日月を探して
「ちょっ⋯⋯久遠!?」

 何やってんの? と彼の腕の中でもがけば、なおきつくなる両腕の力。それはまるで私を離すまいと、この心ごと拘束しているかのようだった。

「人目があるから!! みんな見てる!」

「その方がいいよ。今、お前と二人きりだったら俺⋯⋯何するか分かんねぇし」

「はぁ? 何言って────」

 最後まで言わせてくれなかった⋯⋯。

 なぜなら、彼の唇で言葉を封じられたから。

 何するか分からないと言いながら、公衆面前で堂々とキスをしてくるあたり、よほど余裕がなかったのか、ただの気の迷いか?

「⋯⋯⋯⋯何? 何で?」

 離れた唇が紡いだ言葉は、問いかける疑問。その口付けの意味が知りたいような、けれど知れば後戻りできないような────。

「これだけじゃ伝わんない? じゃなかったら、もっとお前を求めることになるけど」

 いいの? と、その顔は至って真剣だった。

「久遠⋯⋯」

 道端でいきなり口付けなんて、変も何もあったものではない。完全にメーター振り切っていると、今更ながら赤くなる頬を隠すよう俯く。

「俺が怖い?」

「そうじゃなくて、遠く感じる。何か⋯⋯知らない人みたいに思える時があるから」

 そこだけ、景色が変わったように見えるのだ。

「久遠⋯⋯教えて。私に隠してること。私をを守らなきゃって、あれどういう意味? 久遠にお姉さんがいるって⋯⋯本当なの?」

「それは、知らなくていい」

「いいかどうかは、私が決める!」

 自分のことは自分で決める、と。私を蚊帳の外にしないでと声を上げれば、「それも狭山の入れ知恵か?」と吐き捨てるように呟く。

「俺の方が、お前をずっと見てた。俺の方が、お前と長く一緒にいるんだ。いきなり現れて、あっという間に市松との距離感縮めて⋯⋯⋯⋯そう簡単に奪われたくない」

「何言ってんの?」

「市松が好きだ。ずっと前から⋯⋯。だから、狭山なんかにお前を奪われたくない!」

「いや、私は誰のものでもないから。聡司のことも特に」

「名前で呼んでんのに?」

「それは関係ないでしょ? 名前で呼ぶくらい、別に特別なことじゃ⋯⋯」

 敏感に反応しすぎだと、彼を非難する。

 とにかく離してと講義するが、答えをくれなきゃ離さないと腰に回した手が背中を支えていた。

「今すぐには⋯⋯答えられない」

 彼の胸に手を当て告げる。容姿や格好がいくら可愛らしい女の子でも、意外と厚いその胸板やガッシリした腕、少し見上げた先にある首筋に綺麗な喉仏が、彼も「男」だということを示している。

 久遠は大切な友人。今まで、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 私にとってかけがえのない存在なのは確かだが、そこに男女間の特別な意識があるのかと問われれば、それは正直わからない。分からないからこそ、答えられなかった。

「じゃあ⋯⋯待ってる」

 呟き解放された身体。

「急かしてないから。ただ⋯⋯俺の気待ちに、嘘はない」

 ふいに降り出した雨。

 ぽつりぽつりと落ちてくる小さな雨粒が、少しずつ地面を濡らしていく。

 そっと見上げた久遠の顔。

「好きだよ⋯⋯市松」

 雨が⋯⋯⋯⋯私たちの間に降り注いでいた。
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