消えた三日月を探して

◌ ͙❁˚伍『愛多ければ憎しみ至る』

「毎日暑いなぁ」

「うん」

「八月も終わりかぁ」

「うん⋯⋯」

「まぁ、まだまだ夏は終わらないけどな」

「うん⋯⋯⋯⋯」

「はぁー」とこぼすのは、本日何度目か分からないため息。レジのカウンターに頬杖をつきボヤくその様は、酷く疲れているようだと心配された。

「何があった」

「うーん⋯⋯色々⋯⋯。直哉さんさぁ、今日久遠に会った?」

「いいや、まだ見てない。あいつと喧嘩でもしたか?」

「喧嘩ならまだよかった。もう! 色々めんどくさい!」

 そう発散するよう声を上げ項垂れる私に、直哉さんは「おいおい!」と慌てている。そんな彼に昨日あった一連の出来事を大まかではあるが話していた。

「なるほどな。お前にもモテ期到来か?」

「茶化さないでよ。これでも真剣に悩んでるんだから。お陰で寝不足⋯⋯」

 実際問題、寝不足どころか一睡もしていない。

「────で、逃げ隠れてるわけか? 久遠から」

 彼の瞳はすべてを見透かしているかのように、「え? 違うの?」と眉を上げる。

「まぁ、どこへ逃げようが無駄だ。現実ってのは厄介なもんで、どこに姿をくらまそうが後を追ってくる。それどころか、逃げた分だけ後々のダメージはデカい。悩む時間も増えるしな」

「だからって⋯⋯」

 昨日の今日では、取り繕えない。何もなかったように、いつも通り振る舞える自信がないのに、一緒に仕事なんて⋯⋯。

「お前なぁ! それでもプロか!? 着物でメシ食ってんだろ?」

 しっかりしろ! と私を叱咤するその姿はまるで母のそれと重なる。仕事に私情を挟むべきではないと言う直哉さんに、それは分かっているのだけれど⋯⋯と、レジ横に並べられた小物を訳もなく突っついていた。

「分かってはいるんだけど────」

 理屈じゃないんだと言いかけたその時、「やっぱここにいた」と『花扇』の暖簾を潜り現れたその姿。タイムリー過ぎる彼の登場に、反射的に顔を背けてしまった。

「噂をすれば⋯⋯だな」

 耳打ちするように呟く直哉さんを軽く睨む。
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