消えた三日月を探して
 いいことも悪いことも、修行中のあの四年間でたくさん経験した。けれど、印象に残っているのは圧倒的に良くない思い出の方で。

 だから、止めたのだ。

 嫌なことを思い出したくなくて。でも⋯⋯。

「美咲ちゃんには言われなかったのか? 和裁士やらないか? とか」

 確かに、姉が私を呼び戻したのは『和裁士』としてだった。けれど、もう少し考えさせて欲しいと答え、それは未だ保留のまま。

「正直、迷ってる。止めようか、もう少し続けてみようかって」

 宝の持ち腐れで終わりたくはなかった。とはいえ私の資格は“二級”技能士だから、そこまで自慢出来るものでもなくて。

 心は揺らいでいた。

 誰かに背中を押して貰いたかったのだ。「あなたなら出来る」「あなたなら大丈夫」だと。自己肯定感が低すぎて「どうせ」が口癖の私はいつも怯えていた。

 失敗するのが怖くて。

 馬鹿にされるのが嫌で⋯⋯。

 早い話が自分に自信がなかったのだ。

 ひとり自問自答していると、頭上から聞こえた声が「じゃあ行こうか」とこの腕を引く。当然のことながら、「どこへ?」と彼に問うていた。

「『椿姫屋』だよ。今から仕事なんだろ?」

「いいよ、一人で行けるから。久遠こそ、何か用事があったんじゃないの?」

「俺は大丈夫。急ぎじゃないから。遠慮って、案外時間の無駄なんだぜ」

 その言葉と笑顔が、なぜかこの心にスっと入ってきたのだ。

「ほら!」と強引に繋がれた大きな手を、気づけば無意識にそっと握り返していた。

 怪我をさせてしまったせめてもの償いだと、意気揚々とその店を出る彼の後に続く。見上げた頭上には優しい青が、広くどこまでも続いていた。

 慌てて「お世話になりました」と深々と頭を下げれば「また、いつでもおいでください」と優しく微笑む女将さん。

 出会いは一期一会というが、そこから思わぬ繋がりや結びつきが生まれるものだ。

 それを人は『(えにし)』と呼ぶのだろう。
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