砂時計は止まらない



 “今日は気分じゃない”


 悠真の口角が持ち上がったのを見て、言おうとしていた言葉を飲み込んだ。そんな意見など認められない。私は悠真のペットなのだから。


 「まさか。そんなこと……」

 「だよね」


 悠真は優しい桜のような笑顔を振りまき、視線だけで私を押さえつける。やんわりとした口調なのに瞳だけは強くって。私は逆らうことなく小さく頷いた。


 「ほら。自分で脱ぎなよ」


 部屋の真ん中に置かれた布団の上で悠真は私を見て優しく微笑む。羞恥心を煽ってるみたい。悠真は恥ずかしがる私を見て楽しみ、楽しんでいる悠真を見て私が満足する。


 恋人同士なわけでもないのに甘い雰囲気に酔いしれる。足りないものでも補うように。いや、実際は甘くない。傍に居るための条件。


 “ご主人様の言うことは、絶対に従わなければいけない”


 これのどこが甘いのか。そう頭の中で理解してても、心が“NO”と言ってくれない。だって言った時点でチェックメイト。全てが終わる。


 「うん……」


 結局逆らえずに着ていた洋服を脱げば、静かな口付けが落ちてきた。恐ろしいくらい綺麗に整った顔が私を甘く見下ろす。その漆黒の瞳に捉えられると心でサラサラと流れていた砂時計が止まってしまう。


 悠真の口づけは魅惑の味。悠真の指は官能的。着物を脱ぎ捨てて露になった綺麗な身体が私を魅了してやまない。


 人間の本能って怖い。何が怖いって愛されたいと深く望んでしまうことが。好きに弄ばれるこの行為にも随分慣れてきたつもりだったのに。悠真が欲しいと心が深くざわつく。

 別に一方的に欲をぶつけられているわけじゃない。私も悠真もお互いを欲しているし、お互い合意の上での関係だ。合致しないことは、ただ1つ。


 「もっと鳴いてよ。ペットなら」


 そこに愛が“ある”か“ない”かの違いだけ。
< 2 / 8 >

この作品をシェア

pagetop