仙女の花嫁修行

 昼間は足跡や糞が落ちていないかなどを探索。夜には待ち伏せ。

 それを繰り返すこと3日目の晩。
 洞窟と言うほどでも無い、斜面のちょっとした窪みに身体を入れた。ちょうど大人二人が入れるくらいしかない大きさなので、俊豪との距離が結構近い。
 昼間のうちに湧き水を使って軽く体を拭くくらいはしているけれど、服はそのままだし髪の毛もきちんと洗っていない。臭くないかと気になって自分の服をクンクンと嗅いでいると、俊豪が怪訝な顔をして見てきた。

「何してるんだ?」

「いや、臭くないかなーなんて思ったりして」

「へえ、あんたでもそう言うの気にするんだ」

「俊豪ってホント失礼」

 俊豪は私をなんだと思ってるんだか。確かに可馨みたく頭の先から足の先まで美を凝縮したかのような美女じゃないけど、一応、女だ。

「……いつもそう言いながら、あんまり俺の事避けたり疎んだりしないんだな」

「ううん?」

 友達が出来ないことでも気にしてるのかな? 俊豪は自分は人とは違うと壁を作るくせに、結構寂しがり屋の構ってちゃんだと思う。
 それは俊豪の生まれがお坊ちゃまだったという事に起因しているんだろうし、なかなか捨てきれないのも仕方ない。これだからプライドってやつは面倒だ。
 その点私はただの農民の娘で、誰かにかしづかれたこともないし、使用される側は容易に想像出来ても使用する側の想像は出来ない。だから弟子入りして最下層からスタートだろうが、なんて事ない。

「俊豪がさ、例えばいたずらに人を殺めるような人だったら流石に私も嫌いになるよ。でもそうじゃないでしょ。口は悪いけど意外と可愛いところとか良い所もあるし」

「なんだよ可愛いって」

「はは。だって実は努力家なんでしょ? 俺って出来る奴って顔しておいて、影で頑張ってるとか可愛いじゃない」

「馬鹿にしてんの? どうせ俺はあんたの師匠と違って天才じゃないよ」

 一気に機嫌を損ねたようで、ムスッとした顔でそっぽを向いた。前にも同じことで気を悪くしていたんだったけ。時々私はいい方を間違えちゃうんだよな。気をつけないと。

「違うよ。私は不出来な側だから想像でしか言えないけど、出来る人って周りの期待とかプレッシャーとか大変でしょう? そう言うのを表に出さないようにするのは凄いなって尊敬するし、愛おしく感じるって意味だよ」

 俊豪は一瞬、驚いたように目を見開いた。また言い方間違えたかな。

「あんたすぐ顔と態度に出るもんな」

「えへへ。まあね、否定できない」

 遠くを見て黙っている。
 同じく遠くに視線を移して眠気と葛藤していると、俊豪がボソッと呟くように言った。

「……総括するとさ、俺の事、嫌いじゃないわけだ?」

「うん、好きだよ」

「……よく平気な顔してサラッとそういう事言えるよな」

「そうかなぁ」

 好きって言われて嫌な人はいないと思うから、言った方が得じゃないだろうか。実際俊豪は一緒にいて楽しいし、頼りになるし、自分とは全く違う考え方が興味深いしで好きの部類に入る。

「それならさ、俺とあんた、2人とも仙籍に入ったら結婚しないか」

「はい?」

「今のところ同じ道士同士だし、釣り合い取れてると思わない?」

 このパターン、過去にも一度経験してる。

 好きでもないくせに求婚してくるってやつ。

 2回目ともなると割と冷静に分析出来るもので笑ってしまった。

 だって俊豪は可馨が好きだから。見ていれば分かる。

「あはは、俊豪。どんな理由が裏にあるのか知らないけど、その協力は出来ないよ」

「颯懔様がいるからか? それなら予め聞いて了承を得てある。俺が口説いても問題ない」


 了承……。

 颯懔も知ってるんだ。

 心臓を握られたらこんな感じなのかな。ぎゅうっと圧迫されて、痛くて苦しい。


「違う。友達だから、かな」

 大事な友達だから、間違っていることに協力したくはない。好きでもなんでもない私と結婚するのは俊豪にとって良くない。家長が相手を決める俗世と違って自由な結婚が出来るのが仙の世界なのだから、想う人と一緒になった方がいい。

「男として見れないって事か。なら見せてやる」

 肩を掴まれ地面に押し付けられた。俊豪はそんなに大柄ではないとは言え、そこは男の力だ。馬乗りになられて身動きが取れなくなった。

「俊豪は友達だよ。俊豪だってそう思ってるでしょ」

「男女の仲なんて何が起こるかわからない。そうだろ?」

 何で俊豪はチグハグな行動をとるんだろう?

 組み伏せられている私より、俊豪の方が苦しそうな顔をしている。

 可馨を好きなことは間違いないと思うのに。


 必死で頭の中を回転させる。私と颯懔はまだ公には婚約関係にある。でももし俊豪が、颯懔と可馨がよりを戻したことを知っていたとしたら……。
 可馨に今一番近くにいるのが俊豪だから、教えて貰っていたとしても不思議ではない。

「もしかして俊豪、私の師匠と可馨様とのこと知っているの?」

 俊豪の瞳が揺れた。

 やっぱり。

 力が和らいだ隙に身体を起こして向き合った。


「こんな事してもさ、何にもならないって分かってるんでしょ。私じゃ可馨様の代わりにはなれない」

 颯懔との仲を知った俊豪はきっと、失恋の穴埋めでもしようかと思ったんだろう。誰かに寄りかかって、慰めて欲しくて、苦しさを紛らわせたくなる気持ちは良くわかる。
 それで一番手身近な相手だったのが私。ただの道士が仙籍に既に入っている女性を口説くのは難しいし、嫌いじゃないって答えたから。それなら納得がいく。

 顔が苦痛に歪んで今にも泣き出しそうな顔をしたけれど、すぐにいつもの仏頂面に戻った。

「あっ、あったり前だ。可馨様とあんたじゃ、天と地の差ってやつだ」

「あはは、知ってるよ。任務が終わったらヤケ酒付き合って上げるからさ、ね!」

 なんなら私だって思いっきり飲んで騒いで、忘れたいと思っていたから丁度いい。その時には私の失恋を、俊豪にぶちまけちゃっても良いかもしれない。

 でも今は讙退治に集中しなきゃ。話はそれから。

 体の向きを直して、改めて生き物の気配はしないか意識を外に向けた途端に「キュッ、キュッ」と甲高い鳴き声が聞こえてきた。気を入れかえ終えた俊豪とコクン、と頷き合う。

「複数いる……5……いや、6か」

 バラバラに逃げられてしまうと厄介だ。取り逃がしたら警戒が解けるまでここには近寄らなくなってしまう。追い払うだけならそれでもいいけれど、薬の原料にすると言う目的があるのでそうはいかない。

「まず俺が蔓を使って讙の動きを封じる。その際、避けられて逃がしてしまったやつを明明がカバーしてくれ」

「了解」

 鳴き声と足音がすぐ近くの所で聞こえる。俊豪が術をかけるタイミングを見計らって手を振り上げた。

「今だ!」

 地面から何本もの蔓が一気に飛び出して、讙の身体に巻き付いた。
 蟠桃会の準備の際、暗視の術をよく使っていたお陰で精度が増して良く見える。

 中には飛び跳ねて回避した讙もいた。逃げられないよう俊豪と同じように蔓でとっ捕まえようとしたけれど、同じ手に何度も引っかかるような玉ではない。縦横無尽に森の中を駆け回り木の上にまで登りはじめた。


 狸みたいなずんぐりむっくりした体つきしてるくせに!


 草木の多いこの場所で火の技を使うのはダメだよね。すぐ近くに川や水たまりがないから水系も無理。水源のない場所で私に出来るのは、せいぜい霧を立ちこめさせるくらい。

 それなら風かな。

 逃げる讙の真下から風を起こして巻き上げようと、つむじ風を吹かせてみるも動きが早すぎて全然引っかかってくれない。

 一瞬でも目を離せば見失ってしまう。俊豪の方がどうなったのか確認したくても、讙一匹追うのに精一杯で余裕が無い。

 焦りで術を乱発する私の方を讙が振り返った。三つに分かれたフサフサのシッポを振ってピョンピョン飛び跳ねている。まるで「捕まえてごらん」とでも言っているかのように。


 あいつーーっ! 馬鹿にして!!

 
 得意気にしていられるのも今のうち。その辺に落ちている木の枝を矢の変わりにして、讙に向かわせた。雨あられと勢いよく降ってくる枝を、見事な動きでスルスルと交わして避けている。

 枝に気を取られている隙に、腰帯から短剣を取り出して一気に距離を詰める。

 こちらの動きに気づいたけれどもう遅い。

 ピョンと跳ねて逃げようとした讙の尾を、剣で杭のように地面に繋ぎ止めた。

 ギリギリセーフ!

 前脚と後ろ足を蔓で縛りあげて剣を引っこ抜き、そのまま讙の首へ。
 小さな悲鳴をあげて動かなくなった讙に手を合わせ、急いで俊豪の姿を探した。
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