仙女の花嫁修行
 洞窟の入口に注連縄(しめなわ)が張られていて、張り替え作業になら一度だけついて行った事があるけど、その中がどうなっているのかまでは知らない。

「うわぁ、真っ暗……」

 いよいよ舟が、海から洞窟の入口へと差し掛かった。

 外は夏だって言うのに、洞窟に入るとひんやりとして冷たい。いかにも神聖で霊的な空気感に、私もおじさんも身を震わせた。

 終始無言のまま舟を漕いでいたおじさんが、ようやく口を開いた。

「着いたよ」

 海水の中に小さな岩が顔を出している。

 その脇に舟をつけると、おじさんが私の手を取って降ろしてくれた。それから一緒に運んできた肉や果物、飾り物と言った貢ぎ物一式を、私の乗る岩に次々と降ろして、最後に蝋燭の1つを手渡してくれる。

「そいじゃあなぁ、明明。堪忍な」

「うん。おじさんも嫌な役だったのにありがとね」

 生け贄を送り届けるなんて役回り、きっとやりたく無かっただろうに。
 出来れば私が舟を漕いで行ければ良かったのだけど、花嫁衣装を着込んでしまっているので難しい。それに、村としても花嫁が逃げること無く、きちんと龍神様の下へ行ったと言う証人が必要なのだろうから、無理にやりますとも言えなかった。

 役目を終えたおじさんは、私を置いて再び舟を漕ぎ出した。

 舟がおこした小さな波も消えて姿形も見えなくなると、唐突に寂しく、そして怖くなってくる。

 うわっ……手足、震えてきた。

 自分の意思とは関係なく、カタカタと指先が小刻みに揺れて震える。
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