仙女の花嫁修行
 担がれたまま運ばれてストンと降ろされたのは、何時間か前に村の人達と別れを告げたはずの磯辺。まさかもう一度、この地を踏むことが出来るなんて思ってもみなかった。
 勝手に足が震えだして、涙が溢れてくる。
 恐怖から一気に解放されて、脱力感が半端ない。へなへなとその場に座り込んで立てなくなってしまった。

「わた……私……戻ってきた」

「さっきもあやつが言っておったが、龍神は人間など喰わぬ。人を喰うのは妖だ。あやつはああ見えて草食だからな。無駄に牙など生やしておるから勘違いされるんだ、全く」

 呆れ返ったようなその言い方が可笑しくてクスクスと笑うと、頭をポンっと撫でられた。

「怖かったであろう。よく耐えたな」

「あ……えっと……」

「だがその顔では、折角のおめかしが台無しだ」

 涙でお化粧が落ちてしまったのだろう。ドロドロに溶けて、酷い顔をしているに違いない。生まれて初めてのお化粧だったのになぁ。
 この顔を年頃の青年に見られるのが恥ずかしくて俯いていると、颯懍が空を見上げながら呟いた。

「とは言え、もうじき化粧の意味など無くなるか」

 同じように空を見上げてみると、ポツッ、ポツッと大粒の水滴が頬を打って落ちていく。
 その勢いは瞬きするごとに増して、すぐに土砂降りの大雨へと変わっていった。

「雨……雨だーーーーっ!!!」

 さっきの龍神様が降らせてくれてるんだ。凄い! 凄い!! 凄いっ!!!

 嬉しさのあまりにその場で小躍りしていると、雨に気が付いた村人達が外へと出て来た。皆一様に私と同じく、空を仰ぎながら踊り出す。

「めいめーい! ありがとーーーー」
「ありがとーう!!」
「明明、雨が降ったよー! 聞こえてるー?!」

「うんっ! みんな、ちゃんと聞こえてるよー!」
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