仙女の花嫁修行
「ちょっと俊豪! なんで私たちが謝るのよ。こぼしたのは向こうなのに」

 色の塗り間違えについては、どういうやり取りがなされたのか分からない。本当に紅花が聞き間違えただけだったのかもしれないし、色の識別に関しても紅花がどこまで出来ているのか知らない。
 でもあの人達が塗料をこぼしたのは明らかだ。拭いて綺麗にするのが私たち下っ端の役目だとしても、一言くらいお詫びの言葉があっても良いじゃないか。


「あんた本当に馬鹿だな。あの御三方は可馨様の姉弟子だ。もう五百歳は超える仙だぞ」

「だから何なの。私の師匠は間違ったことをしたと思ったら普通に謝るよ」

 颯懔だって四百歳を超えるし、なんなら仙としての位だって上から数えた方が早いくらいの上位階級者だ。だからと言って決して横柄な態度をとったりしない。

「あんたと話してると疲れるわ。もっと処世術を学んだ方がいい。行くぞ。昼飯を食いそびれる」

「行くぞって、んもぉぉーー!!」

 早く拭かなきゃ塗料が取れなくなっちゃうじゃない! 手伝うでしょ、そこは!!
 こっちこそ俊豪と話していると疲れると言ってやりたい。

 俊豪はもうほっといて塗料を拭こうとすると、紅花に布を取り上げられた。

「明明ちゃんも行っておいで。このくらいならひとりで出来るからさ。ちゃんと食べなきゃ元気でないよ」

「だって……」

「明明、手伝おうなんて馬鹿なこと考えるなよ。俺たちだって向こうの亭を任されてるんだ。自分の仕事を放り投げて、他人の仕事を手伝うなんて馬鹿のやることだ。昼飯を食べないのはあんたの勝手だけど、腹が減って仕事に影響をきたすのはやめてくれよな」

「あたしは大丈夫だから。さ、行ってきな」

 紅花に肘で背中を押された。汚れた手が服につかないように。

 ただの狐なら、ましてや人を獲物としてしか見ない妖なら、他人の服が汚れる事なんて絶対に気にしない。

 もとが狐だからって、ちゃんと気配りできる人なのに。
< 82 / 126 >

この作品をシェア

pagetop