仙女の花嫁修行
 刷毛を奪い取られた。
 手伝うなって言われても引き下がるつもりなんてない。手伝うか手伝わないかは、私の自由だ。

「ちょっと! なんにするの……って、何してるの」

 私から奪い取った刷毛に塗料を付けると、壁に滑らせはじめた。さー、さー、と刷毛を動かす度に均一に薄く塗られて、見ていると気持ちがいいくらいに綺麗だ。

「可馨様が宴で舞を披露する事になっているんだ。庭園の見栄えが悪くちゃ宴が台無しだ」

 ムスッとした顔で答えたのがおかしくて、紅花と顔を合わせてこっそり笑い合った。
 

 素直じゃないなぁ。


「それじゃあ私は、こっちの門の塗装をはがそうかな」
 
 正門の方は塗り終わったけれど、こちらの西門はまだこれから。俊豪に白い塗装に使っている刷毛は取られてしまったので、代わりに西門の塗り替えを進めた方が良い。

 正門ほどの豪華さはないけれど、こちらもそれなりに立派な門だ。梯子に登って上から順に塗料をはがしていく。


 俊豪も少しずつ、紅花と仲良くなってくれると嬉しいな。
 なんて考えながら古い塗装を(ヘラ)で削っていたら、視界が一瞬ぐらぁっ、と歪んだ。


 うわっ……めまい。


 平衡感覚が奪われて、気付いた時には梯子から落ちていく。
 こういう時、衝撃を和らげるためにどんな術を使えばいいんだっけ?

 何も考えられない。

 何か術を使いたくても、精気を縒り合わせられない。

 全身の痛みに襲われるかと思ったのに、衝撃は意外な程に小さかった。

「明明! 大丈夫か?!」

 誰かが駆け寄ってきた。

 聞き慣れた声なのに、今は久しぶりにその声を聞く気がする。

 少し低めの、よく通る声。

「し……師匠?」

「驚いた。突然梯子から落ちるとは」

「驚いたのはこっちですよ!」

 駆け寄ってきたのは俊豪かと思ったのに。まさかの颯懔の登場に、頭が大混乱している。

 身体を起こすと下には蔓や葉が茂っていた。それがシュルシュルと地面へと消えていく。
 颯懔が術を使って、衝撃が和らぐようにしてくれていたのだろう。
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