仙女の花嫁修行
「なんでここに師匠がいるんですか」

「いや……そのー。偶然通りかかったと言うか」

 こんな夜遅い時間に、人様の屋敷で何をしようとしていたんだろう。
 しどろもどろに答える颯懔に紅花が笑った。

「ずっとつけてたのよね。明明ちゃんを。私ってば耳がいいから、どんなに気配を消すのが上手な颯懔の足音と呼吸音だって、ちゃーんと聞こえるんだから」

 紅花が狐の耳を頭からひょこっと出した。うわぁ、妖艶さが二割増! これはこれでそそられる。

「さっ、最近帰りが遅いから何をしているのかと様子を見に来たんだ。天宇や他の者達も心配していたからな」

 だからか。

 颯懔の声を聞くのが久しぶりだと思ったのは。蟠桃会の準備を手伝うようになってから、日の出と共に家を出て、帰るのは皆が寝静まった真夜中。
 ほとんど会話をするどころか顔も合わせていない状態が続いていた。

「それで……そこにいるのが可馨の弟子か」

「はい。可馨様の弟子で道士の俊豪と申します」

 颯懔は紅花の少し後ろにいた俊豪に目を向けた。拱手をして挨拶する俊豪を品定めするかのように見ている。

 颯懔にしては珍しい行動だ。
 名前を知っているはずなのに言い方も刺々しいし。

「仙術に長けた優秀な道士だと聞いておる」

「天才と言われる颯懔様にその様に言われては、立つ瀬がございません」

「ほう、謙遜するか。うちの弟子が随分と世話になっているようだ。礼を言おう。それで明明、こんな夜更けまで毎日仕事をしていると言うのは……まあ、そういう事か」

 チラりと紅花を見ると、ため息混じりに前髪をかきあげた。わざわざ説明なんてしなくても、事情を理解したらしい。

「家の事を何も出来なくて申し訳ありません。でもこちらも急がないと間に合いそうもなくて。早くやらないともうすぐ蟠桃会……うっ、わぁ!」

 立ち上がって作業の続きをしようとしたら、まためまいに襲われた。身体に力が入らなくて膝が笑っている。ご飯はちゃんと食べてるのに。

 颯懔に抱き止められ、座らされた。

「すみません。ちょっと疲れてきてるみた……んんん!!?」

 何かを吹き込むように、唇で唇を塞がれた。
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