輝く樹木

第1章 第32話

 輝夫は教室の席に座っていた。担任教師が教壇に立って算数の計算の説明をしていた。クラスの他の子どもたちは初めて見た問題の解き方を必死に理解しようとしていた。輝夫は初めて見た問題を、以前見た覚えのある問題になぜか思えた。担任教師の説明を聞く前に問題を見て頭の中で解いている自分にいつの間にか気がついていた。担任教師は説明を終えると教科書の問題を解くように言った。クラスの子供は皆必死に問題を解き始めた。担任教師が説明している間に頭の中で問題を解いていた輝夫は、またたく間に問題を全て解いてしまった。他の子どもたちが問題を解いている間可成りの時間があったので、輝夫は教科書にある他の問題を頭の中で全て解いてしまった。

「輝夫はもう寝たのかな」
「新学年が始まったばかりで疲れているみたいだわ。夕食を食べた後すぐ寝ちゃったわ」
「小2になってからどうかなあ、元気に行ってる?」 
「元気に行ってると思うけど、今日担任の先生が連絡帳に書いたことなんだけど、輝夫のこと随分驚いているみたいなの」
「驚いているって、何か問題行動でもあったのか?」
「問題行動ではなく、勉強のことなの」
「勉強って、覚えが悪いとか」
「そうじゃなくて、他の子が皆まだ問題を解いているのに教科書の次の課のページを見ているみたいなの。担任の先生がノートを見るとクラス全員で解いている途中の問題すべての答えが書いてあって、全部正解みたいなの。連絡帳には今日電話をしますということが書いてあったから、待っていたら電話があったの。それで担任の先生が聞いてきたのは家で特別に何かしているのかということだったの」
「今言ったのは、何の授業?」
「算数の授業だったみたい」
「1年生のときもそうだったけど、2年生になっても勉強に関して輝夫に、特別に何もしていないし、した覚えもないよな」

 昼休みが終わって、輝夫はクラスの他の子よりも一足早く教室に戻った。校庭で皆が遊んでいた光景が輝夫の脳裏に鮮やかに映っていた。輝夫は鞄の中から自由帳を取り出した。自由帳を開くと白いページが教室の電灯の光を反射させていた。脳裏に映っていた光景が白いページに表れた。輝夫は色鉛筆のケースを取り出した。色鉛筆のケースを開け次から次へと様々な色の鉛筆を取り出しては元の位置に戻した。輝夫の右手が動くに連れて白いページに映っている輝夫の脳裏にあった映像が、色鉛筆によって描かれた絵へと変わっていった。そこに完成した絵は、輝夫の脳裏に映った映像のように鮮やかなものであったが、14年間の経験なしには表現できない独特のものがあった。輝夫は色鉛筆をすべてケースに戻した。色鉛筆のケースの蓋をすると、輝夫が描いた絵から緑色の光が輝き出した。その光はますます輝きを増して行った。体全体が心地よい暖かさに包まれた。緑色の光によって輝夫の瞼が心地よい重さを感じた。体全体が心地よい暗闇に覆われた。体が浮いていくのを感じた。心地よい暗闇の中で時々緑色の光の線が横切っていった。
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