輝く樹木

第1章 第44話

 リビングルームでテーブルを挟んでテレビの向かい側に置かれたソファーに輝夫は座っていた。テレビの画面にはオバマ大統領が広島の平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花をしている映像が映っていた。テーブルにはスケッチブックが白いページを開いた状態で置かれていた。スケッチブックの右側には色鉛筆の入ったケースが置いてあった。

「現職の米大統領が被爆地・広島を訪れるのは始めてなんだね」
「えーそうなの。現職の大統領が被爆地を訪れるのはそんなに大変なことだったのかしら」
「そう、僕が思うには核保有国のアメリカにとって、広島と長崎に原爆を落としたことは間違っていなかったという立場があるから、現職の大統領の被爆地訪問というのはとても高いハードルだったのかも知れない」
「アメリカ市民は日本に原爆を投下したことをどう思っているのかしら」
「僕たち日本人ってアメリカにとても関心があるでしょう。日本の映画館はどこでもハリウッドの映画が上映されているでしょう。アメリカの音楽を聞く人も多いし、アメリカの情報がたくさん入ってくるでしょう。でもアメリカの人は、そんなに日本のことに関心があるわけでないし、あまり知らないと思う。だから被爆国としての日本はあまり知られていないと思うんだ。原爆投下は軍国主義日本を無条件降伏させるのに必要な手段だったと思っているんだろうな」
「そういうことを聞くとオバマ大統領って本当に素晴らし大統領だと思えるわ。今年で任期が終わってしまうなんて残念だわ」
「就任した年にノーベル平和賞を受賞したことは頷けるよ。ノーベル平和賞を受賞したのは核兵器に対する彼の毅然とした態度なんだからね。彼は就任した年の4月にチェコのプラハで演説したんだけれど、核兵器を使用したことには道義的責任あると言ったんだから、そのことは本当に評価すべきだと思うよ。彼のノーベル平和賞受賞に対してはいろいろ言われたみたいだけど、今回の広島訪問は自分の平和に対する考えを行動で示したんだろうな。でもそれを実現するために2期目の最後の年までかかったんだから、このことがいかに大変なことであるか想像できるよ」
「またオバマさんみたいな大統領が当選したらいいわ」
「僕もそう思うけど。民主党が2期続いたから、今度は共和党が有利なんだろうな」

 米大統領被爆地・広島訪問の報道特集の場面が終わると、輝夫は白いページが開かれたスケッチブックをしばらく見つめていた。輝夫の脳裏には米大統領被爆地・広島訪問の映像が映っていた。その映像は少しずつ薄らいでいった。スケッチブックの白いページに少しずつ脳裏に映っていたものと同じ映像が現れてきた。脳裏に映っていた映像が全く消えて真っ暗になった時、スケッチブックの白いページに米大統領被爆地・広島訪問の鮮やかな映像が現れた。輝夫は色鉛筆のケースを開けて様々な色の色鉛筆を、後から後から取り出しては元に戻した。スケッチブックの上で色鉛筆を持った輝夫の手が動いていた。白いページに映っていた映像は少しずつ薄らいでいった。その映像と入れ替わるように輝夫が持つ色鉛筆の下からその映像と同じ絵が少しずつ現れてきた。白いページの映像が全く姿を消した時、輝夫の色鉛筆によって描き出された鮮やかな絵が現れた。テレビに映っていた映像をそのまま再現したような絵であったが、輝夫の内にある14年間の経験でしか表すことの出来ない何かがその絵にあった。輝夫は描き終えた絵をしばらく見つめていた。色鉛筆を全て元に戻すと、ケースの蓋を閉めた。スケッチブックに今書き終えた絵の中央に水色の点が現れた。その水色の点は微かに輝いていた。その水色の点は少しずつ大きくなり、輝きを増していった。水色の輝きは直視できないほど眩しくなった。瞼に心地よい重さを感じた。心地よい暗闇に覆われた。体が心地よい暖かさに包まれた。体が信じられないくらい軽くなっていくのを感じた。心地よい暗闇の中で体が少しずつ浮いていった。心地よい暗闇の中を眩しい水色の線が時々横切っていった。
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