輝く樹木

第1章 第48話

 リビングルームで、テーブルを挟んでテレビの反対側に置いてあるソファーに、輝夫は座っていた。テーブルには白いページを開いた状態でスケッチブックが置かれていた。スケッチブックの右側には色鉛筆の入ったケースが置かれていた。テレビの画面にはICANノーベル平和賞受賞関連のニュースが映っていた。輝夫はテレビに映し出されているICANノーベル平和賞受賞関連のニュースをじっと見ていた。

「ICANって何の略なのかしら?」
「核廃絶国際キャンペーンの略みたいだね。アイキャンと一人一人個々人が出来ることをアピールしているような感じで、何か意味深な略に思えるんだから不思議なんだな」
「わたしはオバマ米大統領が演説の中で言った、イエスウィキャンの場面を思い出すんだけど」
「そうイエスアイキャンと言いたくなるような略だよね」
「でも本当にこの地球から核兵器がなくなる日か来るのかしら?」
「まあ日本政府が核兵器禁止条約に反対している間は絶対ありえないと言えるね」
「日本は唯一の核兵器被爆国でしょう。その国が何故反対するのかわたしには理解できないわ。政府が判断しているんでしょう。一体政府の誰と誰がそんな決断をしているのかしら? これこそ国民投票にかけてもいいんじゃないの。それが無理ならインターネットで投票するとか、アンケートを取るとか,してもいいんじゃないの」
「日本国民は大人しいからね。羊のような国民だからね。勤勉で真面目に働くし、ストライキはやらないし、過激なデモ行進もしないし。為政者にとってこれほどいい国はないんじゃないかな」
「でも国民の多くは政府がよい行政を行っているから日本国民が豊かな生活が出来ていると思っているんでしょう」
「僕は日本が豊かで治安が良くて他国の人が羨むような国であるのは、日本国民のお陰だと思っているんだ。そりゃあごく一部に悪い輩もいるよ。でもそれは日本だけに限ったことじゃないでしょう。どこの国にもいるでしょう。でもその割合たるは他国と比べたら本当に少ないでしょう。犯罪率が統計なんか見るとダントツで日本が少ないみたいだからね。日本という国の素晴らしさは、民衆の一人ひとりの勤勉と努力と誠実さで成り立っているんだと思うよ」
「そう考えると政治教育がとても大事だなと思えるわ」
「形の上では日本は民主主義が確立してしっかりとした基盤の上に立っている。でもいくら形だけが整ってもそれを使う者の中に、真の民主主義が根付かなければ本当の民主主義国家にはならないと思うんだ。選挙の投票率の低さに教育関係者は危機感を覚えなければならないと思うよ」

 テレビの画面にはオスロで、ノーベル平和賞の受賞記念スピーチを行うICANの事務局長の映像が映っていた。輝夫はその映像をじっと見ていた。ICANのノーベル平和賞受賞関連のニュースが終わると、輝夫はスケッチブックの白いページをじっと見つめていた。輝夫の脳裏にはICANの事務局長のスピーチの映像が鮮やかに映っていた。その映像は少しずつ薄らいでいった。スケッチブックの白いページに、ICANの事務局長のスピーチの映像が少しずつ現れてきた。脳裏から映像がすっかり消えた時、スケッチブックの白いページに鮮やかな映像が現れた。輝夫は色鉛筆のケースを開けて様々な色の色鉛筆を次から次へと取り出してはもとの位置へ戻した。スケッチブックの白いページに映し出されていた映像は少しずつ薄らいでいった。その上で色鉛筆を持った輝夫の手が動いていた。スケッチブックの白いページに映っていた映像がすっかり姿を消した時、輝夫の右手にあった色鉛筆によって編み出された鮮やかな絵が姿を現した。輝夫は色鉛筆をすべてケースに戻して蓋をした。スケッチブックに描かれた絵をしばらく見つめていた。絵の中央に純白の点が現れた。純白の点は微かに輝いていた。その点は少しずつ大きくなっていき、その輝きを増して行った。その点は大きな円となってその輝きは眩しくて直視できないほどの眩しさになった。瞼に心地よい重さを感じるようになった。心地よい暗闇に覆われた。心地よい暖かさに体が包まれた。信じられないくらい体が軽くなるのを感じた。心地よい暗闇の中で体が浮いていくのを感じた。眩しい純白の線が時々横切っていった。
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