輝く樹木

第2章 第8話

 昼休みの時間、俊治は悠人と守と武瑠の3人が話しているのに気がついた。守と武瑠が話しているのはよく見かけたが、悠人も加わって3人で話しているのは初めて見かけた。俊治は気になって、気づかれないように話が聞き取れるところまで近づいていった。悠人が「君たちはもう教材費納めた?」というところから始まった会話のすべてを俊治は聞き取ることができた。
 俊治は家に着くと自分の部屋に入ってすぐにパソコンの電源を入れた。『アナザーワールド』の続きを早くプレーしたい。今日授業中も休み時間の間もそのゲームのことで頭の中がいっぱいであった。でも、時たま悠人と守と武瑠の会話が耳元に聞こえてくるのであった。教材費を期限まで納めることができない家庭の生徒が公立中学にはいるのか。俊治にとって思いがけなく知った驚きであった。起動したパソコンのデスクトップ上にある『アナザーワールド』のアイコンをクリックした。仮想現実の世界のゲームのプレーの回数を重ねるに従って、漠然とこのゲーム全体の形が見えてきた。結局仮想現実の世界も現実の世界と本質的に変わらないところがある。ごくひと握りの超富裕層があって、大多数は自分を中流階層と思っている人々がいて、日々の食費にあくせくしている貧困層がいる。ゲーム力の優れた者がスタートラインから初めて、超富裕層になるということは稀にではあるがたまにある。しかし超富裕層のほとんどは、俊治のように現実世界で代金を払って仮想現実世界での貨幣を購入した者である。貧困層になった者の殆どはゲームを途中でやめてアカウントを破棄してしまう。新しいアカウントを作成してスタートラインから始める。しかし殆どのゲーマーはまた貧困層になってしまう。このようなゲーマーはアカウント作成とアカウント破棄の繰り返しを延々と行う。ゲーム中毒になったゲーマーは、本人にとっては可成り応える額の代金を払って、仮想現実世界の貨幣を購入する。運良く富裕層の末端にぶら下がることができたとしても、ほんの束の間のことである。また貧困層に陥ってしまうのである。重症な中毒ゲーマーはカードローンから引き出してまでゲームを続けたがる。ゲーム中毒がもとで多重債務者になってしまう者がいる。俊治のように現実世界で大金を払って仮想現実の貨幣を購入できる者はそれほど多くない。俊治はスタートラインから超富裕層の階層に入ることができた。仮想現実の世界の中で企業・ホテル・銀行を所有することができた。仮想現実の中で多くの利益を得ることができた。仮想現実の世界で自分の思いのままになっているような達成感で、俊治はこのゲームに夢中になってしまった。
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