輝く樹木
第3章 第3話
輝夫は写生会のため現地に向かうバスの中央あたりの窓際の席に座っていた。輝夫の隣に座ることになっていた田中道夫はここ数日学校に出てきていない。噂によると古澤俊治から陰湿ないじめを受けたのが原因だという話が、いつのまにかクラス中に知れ渡っていた。それで輝夫は二人座席のところを一人で座ることになっていた。
先程まで街中を走っていたバスは、街中を出て街から少しずつ離れていった。道路の両側に密集して建っていた住宅はバスが道路を進むにつれて疎らになっていった。住宅と住宅との間隔はバスが先に進むに連れて長くなっていった。やがて住宅はほとんど見えなくなっていった。道路の両側には見渡す限り広大な草原が広がっていた。
空には雲がほとんど見られずに眩しい太陽が輝いて、純白の光を草原に放っていた。草原は純白の太陽の光を浴びて緑色の光を反射させていた。最初草原の緑色は一様に同じ色の緑に輝夫には見えていた。しかし草原をじっと見つめているうちに、最初同じ緑色に見えていた緑色が様々な緑色に見えるようになった。
山藍摺(やまあいずり)、市紅茶(しこうちゃ)、山葵色(わさびいろ)、殿茶(とのちゃ)、花萌葱(はなもえぎ)、深碧(しんぺき)、若葉色(わかばいろ)、薄緑(うすみどり)、花緑青(はなろくしょう)の光が道路沿いで輝いていた。緑青(ろくしょう)、若菜色(わかないろ)、鮮緑(せんりょく)、若緑(わかみどり)、鸚緑(おうりょく)、深藍色(ふかきあいいろ)、裏葉色(うらばいろ)、薄柳(うすやなぎ)、孔雀緑(くじゃくみどり)、織部(おりべ)の光が道路沿いから数メートル離れたところで輝いていた。若芽色(わかめいろ)、蒼色(そうしょく)、若草色(わかくさいろ)、鴨の羽色(かものはいろ)、柚葉色(ゆずはいろ)、柳緑(りゅうりょく)、草色(くさいろ)、黄浅緑(きあさみどり)、碧色(へきしょく)、青漆(せいしつ)の光が道路沿いから数十メートル離れたところで輝いていた。
老緑(おいみどり)、左伊多津万色(さいたづまいろ)、胆礬色(たんばいろ)、裏葉柳(うらはやなぎ)、山鳩色(やまばといろ)、柳煤竹(やなぎすすたけ)、天鵞絨(びろうど)、若苗色(わかなえいろ)、海松色(みるいろ)、柳染(やなぎそめ)が数百メートル先で輝いていた。松葉色(まつばいろ)、仙斎茶(せんさいちゃ)、藍媚茶(あいこびちゃ)、青白橡(あおしろつるばみ)、麹塵(きくじん)、薄青(うすあお)、裏柳(うらやなぎ)、沈香茶(とのちゃ)、虫襖(むしあお)、老竹色(おいたけいろ)が道路沿いから数キロメートル先で輝いていた。
道路前方の両脇に山が見えてきた。金春色(こんぱるいろ)、浅緑(あさみどり)、苗色(なえいろ)、秘色(ひそく)、常盤色(ときわいろ)、青磁色(せいじいろ)、威光茶(いこうちゃ)、鶸色(ひわいろ)、柳茶(やなぎちゃ)、苔色(こけいろ)が右側の山の麓で輝いていた。木賊色(とくさいろ)、鶸萌黄(ひわもえぎ)、高麗納戸(こうらいなんど)、千歳茶(せんざいちゃ)、岩井茶(いわいちゃ)、梅幸茶(ばいこうちゃ)、萌木色(もえぎいろ)、萌葱色(もえぎいろ)、萌黄色(もえぎいろ)が、左側の山の麓で輝いていた。しばらくの間直線に延びていた道路は数キロメートル先で左側にカーブしていた。前方に山が見えた。
鶯色(うぐいすいろ)、新橋色(しんばしいろ)、白緑(びゃくろく)、青丹(あおに)、千歳緑(せんざいみどり)、若竹色(わかたけいろ)、青竹色(あおたけいろ)、女郎花(おみなえし)、深緑(ふかみどり)が前方に見える山の麓で輝いていた。
眩しい太陽の光を浴びた草原の風景をバスの中で眺めながら、輝夫はゴッホの『麦畑』の絵を、図書館で見かけた画集の中で見たときのことを思い出した。ゴッホが描いた『麦畑』に描かれた麦畑の麦の色は、純白の太陽の光を受けて無数の麦の色を反射させているように見えた。輝夫は図書館でゴッホの画集を開いて『麦畑』を初めて見た時の感動は今でも忘れることができない。太陽の純白の光を浴びて星の数ほどにも思えるほどの麦の色を絵の具で描いている。あの絵の中で太陽の光に秘められた何十万、何百万色とも思える光の色を描いているゴッホという画家は何と素晴らし画家なのだろうと思った。輝夫はバスの中から見た草原の緑が放つ星の数ほどとも思える様々な緑色を描きたいと思った。
バスも10台くらいだったら停められる駐車場に学年の4台のバスは駐車した。他にもいくつか駐車場があるが、大型バス用の駐車場があるのはここだけであった。大型バスが停められる駐車場があるというだけあって、周辺には大きな土産売り場、飲食店、展示室のある大きな建物があった。この駐車場の近くには遊技場とハイキングコースへの入り口がある。生徒たちはこの入り口から入って、思い思いに写生をする場所を選んで一日を過ごすことになる。各自弁当持参であったので集合時間までに駐車場に停まっているバスに戻ればいいことになっていた。
輝夫が選んだ場所は山を背景に広がる草原の風景であった。輝夫はリュックサックの中からレジャーシーツを取り出して地面に広げた。画板と画用紙と水彩画セットを取り出し、レジャーシーツの上に置いた。輝夫はレジャーシーツの上に座ると膝の上に画板を載せて画用紙をセットした。鉛筆を取り出して、輝夫が見る画面の中に草原を収めてスケッチした。スケッチを描き終えて草原を見ると、草原は純白の太陽の光を浴びて緑の光を反射させていた。草原は純白の太陽の光を浴びて星の数ほどにも思える無数の緑色を反射させていた。輝夫はゴッホの『麦畑』を思い浮かべていた。輝夫の脳裏に『麦畑』の鮮やかな映像が浮かんだ。同時にバスの車窓からみた草原の鮮やかな映像が脳裏に浮かんだ。『麦畑』は眩しい純白の太陽の光を浴びて星の数ほどの無数の麦の色を反射させていた。バスの車窓からみた草原は純白の太陽の光を浴びて、星の数ほどの無数の緑色の光を反射させていた。輝夫の脳裏で草原の映像と『麦畑』の映像が融合した。輝夫は今スケッチを描いたばかりの画用紙を真っ白な画用紙と取り替えた。真っ白な画用紙に輝夫の脳裏に映っていた草原と『麦畑』の映像が少しずつ現れてきた。輝夫の脳裏に映っていた映像は少しずつ霞んで行った。脳裏に映っていた映像が全く姿を消したとき、真っ白な画用紙に脳裏に映っていた映像が姿を現して鮮やかに映っていた。輝夫は絵筆とパレットを取り出し、必要な色の絵の具を取り出した。真っ白な画用紙に映っている映像の上で絵筆をもつ右手が動いた。右手が動くにつれて白い画用紙に映っていた映像は少しずつ薄れていった。白い画用紙に映っていた映像がほぼ朧気に映っている状態になったとき、輝夫の持つ絵筆から描きだされた絵がほぼ全体像を表しつつあった。
昼食の弁当を一人で落ち着いて食べるのに適した場所を探して、秀介は辺りを見回しながら歩いていた。ほとんどの生徒が写生を中断してお昼の弁当を思い思いの場所で食べ始めていた。そんな中で一人熱心に絵を描き続けている姿に目が停まった。絵を描いている生徒の斜め後ろから、数メートル離れているところから画用紙に描かれた絵が見えた。画用紙に描かれた草原は、星の数ほどにも思える夥しい数の色の光を放っていた。夥しい数の色の光に吸い寄せられるように秀介はその画用紙に描かれた絵に近づいていった。秀介が絵に近づいた時、絵に描かれている山と草原の風景が、絵を描いている生徒と秀介の前に広がっていた。草原は太陽の純白の光を浴びて、夥しい数の色の光を反射させていた。今、秀介の目の前にある絵は様々な緑色の光を放つ草原を見事に再現していた。絵に描かれている草原は絵の具の色の独特の使い方によって驚異的に表現されたものであった。秀介は小6の時父に連れられて行ったゴッホ展で、初めてゴッホの絵を見て感じた時のような言葉で表すことのできない不思議な感動を覚えた。秀介は体中から湧き上がってくる何とも言えぬ感情を抑えきれずに言葉を発した。
「藤村君、君の描いた絵は素晴らしいね!」
秀介がすぐ後ろに来ていることに気づいていなかった輝夫は一瞬体をびくつかせて後ろを振り向いた。
「あー、斉川君。すぐ後ろにいたんだ。気が付かなかったよ」
「すごく絵が上手なんだね。どこで習ったんだい?」
「別にどこかで習ったと言うんじゃない。小さいときから絵を描くのが好きで」
「僕も絵を描くのが上手くなりたいと思うけど。君みたいに描けるようになるのはどう考えても無理だね。君の絵はどう考えても普通じゃないよ。天才だね。君の絵を今ここで見た時、ゴッホの絵を見た時の感動を思い出したよ。藤村くんはゴッホの絵を見たことがある?」
「図書館でゴッホの画集を見たことがある。その中にあった『麦畑』を見て感動した」
「僕は小6のとき父とゴッホ展に行って、そこで初めてゴッホの絵を見て感動したのを覚えている。今度ゴッホ展があったら一緒に行かないか?」
「いいよ」
「ねえ、ここで一緒に弁当を食べたてもいいかい?」
「別に構わないよ」
悠人と守と武瑠は弁当を食べる場所を探すと同時に輝夫がいる場所を探していた。
「あれ、あそこにいるのは藤村君じゃないかな?」守が言った。
「でも、誰かと弁当を食べているね」武瑠が言った。
「一緒に弁当を食べているのは斉川君だね」悠人が言った。
「藤村君と斉川君が弁当を食べているなんて意外だね」守が言った。
「二人が話しているところなんか学校で見かけたことないもんね」武瑠が言った。
「斉川君という友だちがいるんだったら僕たちが行くこともないか」悠人が言った。
「どうかな?弁当を食べるのはこの辺でいいかな?」
悠人が立ち止まって辺りを見回しながら言った。
「近くに誰もいないし、静かでいいんじゃないかな」守が言った。
「あれ、向こうから来るのは古澤君じゃないかな?」武瑠が言った。
「あれ、みんな藤村君と一緒じゃなかったの?」俊治は言った。
「藤村君は斉川君とお弁当を食べていたよ。藤村くんは斉川君と友だちだったんだね。だから僕たちは声をかけることはないかなと思って」悠人が言った。
「古澤くん、僕たちと一緒に弁当を食べない?」守が言った。
「いや、一人でゆっくり食べたいからもう少し先の方で場所を探してみる」
俊治はそういうと、先の方へ歩いていった。
「古澤君急に顔付きが変わったね」武瑠が言った。
「穏やかな顔付きだったのに急に強張った顔になったね」悠人が言った。
「何かあったのかな?」守が言った。
昼食の弁当を食べ終わった後、秀介は写生をしていたもとの場所へ戻っていった。輝夫は未完成の絵を完成させるために絵筆を手に取った。完成に近づいた絵に重なるようにもともとあった映像は微かに映っていた。最後の筆をおろして描き終えた時、映像は全く消えて鮮やかな絵が現れた。山を背景にした草原の鮮やかな絵が現れた。輝夫は描き終えた絵をしばらく見つめていた。絵の中央に純白に光る点が現れた。その点は少しずつ大きくなりながら眩しさを増していった。純白に光る点はやがて眩しく光る純白の円となり画用紙全体を覆うほどの大きさになっていった。直視できないほど眩しい純白の光で瞼に心地よい重さを感じた。心地よい暗闇に覆われていった。体中が心地よい暖かさに包まれていった。体が信じられないほど軽くなっていくのを感じた。心地よい暗闇に包まれて体が浮いていくのを感じた。純白の光の線が心地よい暗闇の中を横切って行った。
先程まで街中を走っていたバスは、街中を出て街から少しずつ離れていった。道路の両側に密集して建っていた住宅はバスが道路を進むにつれて疎らになっていった。住宅と住宅との間隔はバスが先に進むに連れて長くなっていった。やがて住宅はほとんど見えなくなっていった。道路の両側には見渡す限り広大な草原が広がっていた。
空には雲がほとんど見られずに眩しい太陽が輝いて、純白の光を草原に放っていた。草原は純白の太陽の光を浴びて緑色の光を反射させていた。最初草原の緑色は一様に同じ色の緑に輝夫には見えていた。しかし草原をじっと見つめているうちに、最初同じ緑色に見えていた緑色が様々な緑色に見えるようになった。
山藍摺(やまあいずり)、市紅茶(しこうちゃ)、山葵色(わさびいろ)、殿茶(とのちゃ)、花萌葱(はなもえぎ)、深碧(しんぺき)、若葉色(わかばいろ)、薄緑(うすみどり)、花緑青(はなろくしょう)の光が道路沿いで輝いていた。緑青(ろくしょう)、若菜色(わかないろ)、鮮緑(せんりょく)、若緑(わかみどり)、鸚緑(おうりょく)、深藍色(ふかきあいいろ)、裏葉色(うらばいろ)、薄柳(うすやなぎ)、孔雀緑(くじゃくみどり)、織部(おりべ)の光が道路沿いから数メートル離れたところで輝いていた。若芽色(わかめいろ)、蒼色(そうしょく)、若草色(わかくさいろ)、鴨の羽色(かものはいろ)、柚葉色(ゆずはいろ)、柳緑(りゅうりょく)、草色(くさいろ)、黄浅緑(きあさみどり)、碧色(へきしょく)、青漆(せいしつ)の光が道路沿いから数十メートル離れたところで輝いていた。
老緑(おいみどり)、左伊多津万色(さいたづまいろ)、胆礬色(たんばいろ)、裏葉柳(うらはやなぎ)、山鳩色(やまばといろ)、柳煤竹(やなぎすすたけ)、天鵞絨(びろうど)、若苗色(わかなえいろ)、海松色(みるいろ)、柳染(やなぎそめ)が数百メートル先で輝いていた。松葉色(まつばいろ)、仙斎茶(せんさいちゃ)、藍媚茶(あいこびちゃ)、青白橡(あおしろつるばみ)、麹塵(きくじん)、薄青(うすあお)、裏柳(うらやなぎ)、沈香茶(とのちゃ)、虫襖(むしあお)、老竹色(おいたけいろ)が道路沿いから数キロメートル先で輝いていた。
道路前方の両脇に山が見えてきた。金春色(こんぱるいろ)、浅緑(あさみどり)、苗色(なえいろ)、秘色(ひそく)、常盤色(ときわいろ)、青磁色(せいじいろ)、威光茶(いこうちゃ)、鶸色(ひわいろ)、柳茶(やなぎちゃ)、苔色(こけいろ)が右側の山の麓で輝いていた。木賊色(とくさいろ)、鶸萌黄(ひわもえぎ)、高麗納戸(こうらいなんど)、千歳茶(せんざいちゃ)、岩井茶(いわいちゃ)、梅幸茶(ばいこうちゃ)、萌木色(もえぎいろ)、萌葱色(もえぎいろ)、萌黄色(もえぎいろ)が、左側の山の麓で輝いていた。しばらくの間直線に延びていた道路は数キロメートル先で左側にカーブしていた。前方に山が見えた。
鶯色(うぐいすいろ)、新橋色(しんばしいろ)、白緑(びゃくろく)、青丹(あおに)、千歳緑(せんざいみどり)、若竹色(わかたけいろ)、青竹色(あおたけいろ)、女郎花(おみなえし)、深緑(ふかみどり)が前方に見える山の麓で輝いていた。
眩しい太陽の光を浴びた草原の風景をバスの中で眺めながら、輝夫はゴッホの『麦畑』の絵を、図書館で見かけた画集の中で見たときのことを思い出した。ゴッホが描いた『麦畑』に描かれた麦畑の麦の色は、純白の太陽の光を受けて無数の麦の色を反射させているように見えた。輝夫は図書館でゴッホの画集を開いて『麦畑』を初めて見た時の感動は今でも忘れることができない。太陽の純白の光を浴びて星の数ほどにも思えるほどの麦の色を絵の具で描いている。あの絵の中で太陽の光に秘められた何十万、何百万色とも思える光の色を描いているゴッホという画家は何と素晴らし画家なのだろうと思った。輝夫はバスの中から見た草原の緑が放つ星の数ほどとも思える様々な緑色を描きたいと思った。
バスも10台くらいだったら停められる駐車場に学年の4台のバスは駐車した。他にもいくつか駐車場があるが、大型バス用の駐車場があるのはここだけであった。大型バスが停められる駐車場があるというだけあって、周辺には大きな土産売り場、飲食店、展示室のある大きな建物があった。この駐車場の近くには遊技場とハイキングコースへの入り口がある。生徒たちはこの入り口から入って、思い思いに写生をする場所を選んで一日を過ごすことになる。各自弁当持参であったので集合時間までに駐車場に停まっているバスに戻ればいいことになっていた。
輝夫が選んだ場所は山を背景に広がる草原の風景であった。輝夫はリュックサックの中からレジャーシーツを取り出して地面に広げた。画板と画用紙と水彩画セットを取り出し、レジャーシーツの上に置いた。輝夫はレジャーシーツの上に座ると膝の上に画板を載せて画用紙をセットした。鉛筆を取り出して、輝夫が見る画面の中に草原を収めてスケッチした。スケッチを描き終えて草原を見ると、草原は純白の太陽の光を浴びて緑の光を反射させていた。草原は純白の太陽の光を浴びて星の数ほどにも思える無数の緑色を反射させていた。輝夫はゴッホの『麦畑』を思い浮かべていた。輝夫の脳裏に『麦畑』の鮮やかな映像が浮かんだ。同時にバスの車窓からみた草原の鮮やかな映像が脳裏に浮かんだ。『麦畑』は眩しい純白の太陽の光を浴びて星の数ほどの無数の麦の色を反射させていた。バスの車窓からみた草原は純白の太陽の光を浴びて、星の数ほどの無数の緑色の光を反射させていた。輝夫の脳裏で草原の映像と『麦畑』の映像が融合した。輝夫は今スケッチを描いたばかりの画用紙を真っ白な画用紙と取り替えた。真っ白な画用紙に輝夫の脳裏に映っていた草原と『麦畑』の映像が少しずつ現れてきた。輝夫の脳裏に映っていた映像は少しずつ霞んで行った。脳裏に映っていた映像が全く姿を消したとき、真っ白な画用紙に脳裏に映っていた映像が姿を現して鮮やかに映っていた。輝夫は絵筆とパレットを取り出し、必要な色の絵の具を取り出した。真っ白な画用紙に映っている映像の上で絵筆をもつ右手が動いた。右手が動くにつれて白い画用紙に映っていた映像は少しずつ薄れていった。白い画用紙に映っていた映像がほぼ朧気に映っている状態になったとき、輝夫の持つ絵筆から描きだされた絵がほぼ全体像を表しつつあった。
昼食の弁当を一人で落ち着いて食べるのに適した場所を探して、秀介は辺りを見回しながら歩いていた。ほとんどの生徒が写生を中断してお昼の弁当を思い思いの場所で食べ始めていた。そんな中で一人熱心に絵を描き続けている姿に目が停まった。絵を描いている生徒の斜め後ろから、数メートル離れているところから画用紙に描かれた絵が見えた。画用紙に描かれた草原は、星の数ほどにも思える夥しい数の色の光を放っていた。夥しい数の色の光に吸い寄せられるように秀介はその画用紙に描かれた絵に近づいていった。秀介が絵に近づいた時、絵に描かれている山と草原の風景が、絵を描いている生徒と秀介の前に広がっていた。草原は太陽の純白の光を浴びて、夥しい数の色の光を反射させていた。今、秀介の目の前にある絵は様々な緑色の光を放つ草原を見事に再現していた。絵に描かれている草原は絵の具の色の独特の使い方によって驚異的に表現されたものであった。秀介は小6の時父に連れられて行ったゴッホ展で、初めてゴッホの絵を見て感じた時のような言葉で表すことのできない不思議な感動を覚えた。秀介は体中から湧き上がってくる何とも言えぬ感情を抑えきれずに言葉を発した。
「藤村君、君の描いた絵は素晴らしいね!」
秀介がすぐ後ろに来ていることに気づいていなかった輝夫は一瞬体をびくつかせて後ろを振り向いた。
「あー、斉川君。すぐ後ろにいたんだ。気が付かなかったよ」
「すごく絵が上手なんだね。どこで習ったんだい?」
「別にどこかで習ったと言うんじゃない。小さいときから絵を描くのが好きで」
「僕も絵を描くのが上手くなりたいと思うけど。君みたいに描けるようになるのはどう考えても無理だね。君の絵はどう考えても普通じゃないよ。天才だね。君の絵を今ここで見た時、ゴッホの絵を見た時の感動を思い出したよ。藤村くんはゴッホの絵を見たことがある?」
「図書館でゴッホの画集を見たことがある。その中にあった『麦畑』を見て感動した」
「僕は小6のとき父とゴッホ展に行って、そこで初めてゴッホの絵を見て感動したのを覚えている。今度ゴッホ展があったら一緒に行かないか?」
「いいよ」
「ねえ、ここで一緒に弁当を食べたてもいいかい?」
「別に構わないよ」
悠人と守と武瑠は弁当を食べる場所を探すと同時に輝夫がいる場所を探していた。
「あれ、あそこにいるのは藤村君じゃないかな?」守が言った。
「でも、誰かと弁当を食べているね」武瑠が言った。
「一緒に弁当を食べているのは斉川君だね」悠人が言った。
「藤村君と斉川君が弁当を食べているなんて意外だね」守が言った。
「二人が話しているところなんか学校で見かけたことないもんね」武瑠が言った。
「斉川君という友だちがいるんだったら僕たちが行くこともないか」悠人が言った。
「どうかな?弁当を食べるのはこの辺でいいかな?」
悠人が立ち止まって辺りを見回しながら言った。
「近くに誰もいないし、静かでいいんじゃないかな」守が言った。
「あれ、向こうから来るのは古澤君じゃないかな?」武瑠が言った。
「あれ、みんな藤村君と一緒じゃなかったの?」俊治は言った。
「藤村君は斉川君とお弁当を食べていたよ。藤村くんは斉川君と友だちだったんだね。だから僕たちは声をかけることはないかなと思って」悠人が言った。
「古澤くん、僕たちと一緒に弁当を食べない?」守が言った。
「いや、一人でゆっくり食べたいからもう少し先の方で場所を探してみる」
俊治はそういうと、先の方へ歩いていった。
「古澤君急に顔付きが変わったね」武瑠が言った。
「穏やかな顔付きだったのに急に強張った顔になったね」悠人が言った。
「何かあったのかな?」守が言った。
昼食の弁当を食べ終わった後、秀介は写生をしていたもとの場所へ戻っていった。輝夫は未完成の絵を完成させるために絵筆を手に取った。完成に近づいた絵に重なるようにもともとあった映像は微かに映っていた。最後の筆をおろして描き終えた時、映像は全く消えて鮮やかな絵が現れた。山を背景にした草原の鮮やかな絵が現れた。輝夫は描き終えた絵をしばらく見つめていた。絵の中央に純白に光る点が現れた。その点は少しずつ大きくなりながら眩しさを増していった。純白に光る点はやがて眩しく光る純白の円となり画用紙全体を覆うほどの大きさになっていった。直視できないほど眩しい純白の光で瞼に心地よい重さを感じた。心地よい暗闇に覆われていった。体中が心地よい暖かさに包まれていった。体が信じられないほど軽くなっていくのを感じた。心地よい暗闇に包まれて体が浮いていくのを感じた。純白の光の線が心地よい暗闇の中を横切って行った。