輝く樹木
第3章 第5話
「二週間のモニター期間が今日で終わりなんだけど。二週間っていうのは短いもんだね」
「でもそれは楽しくて充実していたからじゃないかしら。あなたがこんな素敵なキャンペーンを見つけて、応募してくれてよかったわ。わたしは最初どんな内容なのか分からなくて不安だったけど。ホームページ上での説明が分かりやすくてしっかりしていたから、あなたが応募することに反対しなかったんだけど、でもまさか当選するとは思わなかったわ」
「今回は第1回で枠が一つだったけど、応募者が100名以上いたというんだから本当にラッキーだったよ」
「こんなに広い敷地で、こんなに大きな家に住めるなんて、二週間の期間だったけどなかなか気持ちの良いものだったわ。家賃はただ、光熱費もただ。そして補助金もでるなんて。応募者がたくさん出るのは当たり前だわ」
「これはあまり宣伝されていなくて、僕も偶然ホームページで見つけたんだ。宣伝でもしていたらまず無理だったね。二週間の休暇のようなもんだったからね。テレワークといってもモニターだからな。毎日やっていたことは会社にネットで簡単な報告をすることだけだったからな。お陰で読書をしたり調べ物をしたり充実した二週間を送れたよ」
「でも夢だと思うんですけど、夢でしかありえないんですけど。何か別の人生を別の現実を生きていたという不思議な感覚が残っているんですけど」
「別の現実ってどんな」
「中1のときに輝夫がいじめにあって、不登校になってしまって。今私たちが住んでるような広い敷地に建っている大きな家に引っ越してきて、自分たちでフリースクールを始めて輝夫に授業をしているような。夢ではなく現実としか思えないような記憶がのこっているの」
「僕にも同じような記憶が残っている。テレワークでもきちんと仕事をしていたような」
「でもたまに聞くことがあるじゃない。とても夢とは思えないような現実的な夢を見ることがあるって。その夢のなかでこれは夢じゃないんだ。あー夢だったらよかったのにと思っているような夢」
「うーん、そういう夢だったら僕も見たことがあるかもしれない。でもそういう夢とは全く違うんだよな。全く同じ時間に全く違う経験をして来た記憶が残っていて、どちらの記憶が現実であるかは、今の現実と同じであるからそう思っている。そんな感じかも知れない」
「そう言われるとわたしもそんな感じかも知れないわ。本当に不思議だわ」
「明日はもう家に帰らなければならないから片付けの残りを終わらせなければね。家は2週間空けていたしね。そう言えば輝夫が子供の頃のものをいろいろ探してみたいって。輝夫の子供の頃のものが入ったダンボール箱を持ってきていたよね。昨日片付けの時そのダンボール箱を空けた時、輝夫が子供の時よく持ち歩いていたスケッチブックが出てきたんだ。前にもそのスケッチブックをダンボール箱から見つけて開いて見たことがあるような気がするんだけど、僕は始めて開いたと思っているんだ。そのスケッチブックを開いて見てびっくりしたよ。とても子供の絵とは思えない素晴らしい絵が描かれてあったよ」
「二週間家を空けるから、高価なものや大事なものを入れて持ってきた箱があるよね。わたしその箱の中に入れる時気が付かなかったのかしら。中1の写生会の時に描いた山と草原の素晴らしい絵があるの。全国の絵のコンクールで受賞したのね。こんな凄いことなのに何故わたしはよく覚えていなかったのかしら」
輝夫は3本の木から1メートル離れたところに立っていた。空にはところどころに真っ白なわた菓子のような雲が動いている。雲は時々純白の光を放つ太陽を覆って、前庭を薄暗い世界へ誘う。強烈な眩しい純白の光から開放されるのはしばらくの間で、しばらくすると眩しい太陽の純白の光が前庭に降り注いだ。中央の木の幹には穴の跡があり、そこから流れた樹液が固まっていて、純白の太陽の光を浴びて青い光を反射させていた。左側の木の幹にも穴があり、そこから流れた樹液が固まっていて、純白の太陽の光を浴びて赤い光を反射させていた。右の木の幹にも穴があり、そこから流れた樹液が固まっていて、純白の太陽の光を浴びて緑色の光を反射させていた。青い光と赤い光と緑色の光は輝夫の手前で融合して、輝夫の瞼に心地よい重さを与えた。心地よい暗闇に覆われて、心地よい暗闇のなかに草原の風景と『麦畑』の風景が交互に現れた。それは一瞬のことであった。瞼が信じられないくらい軽くなり、瞼が開かれると三本の木の光景が輝夫の瞳のなかに飛び込んできた。三本の木の幹には穴もそこから流れて固まった樹液のあとも全くなかった。三本の木の幹には何の傷跡もなく、太陽の純白の光を浴びて焦げ茶色の光を反射させていた。
14年の経験の中に全く別の2つの人生を経験したような不思議な感覚が輝夫の体中に残っていた。その2つの人生のうちの一つの方が、現在の人生と繋がっているので現実のことと思える。もう一つの現在と繋がっていない人生は、現在の人生と繋がっていないので現実のことと思えないだけで、現在の人生と繋がっている人生と同じくらいリアルなこととして、輝夫の記憶に残っている。現在の人生と繋がっている人生は、現在と繋がっているゆえに、具体的な事柄を現在の具体的な事柄とつなげながら、たどっていくことによって思い出すことが出来る。しかし現在と繋がっていない人生は、現在の具体的な事柄と繋げることができないので、具体的な事柄を思い出すことができない。現在と繋がっていない人生で経験したことのリアルな経験が、リアルな感覚として輝夫の体のなかに残っている。いじめや不登校のときに受ける苦しみのリアルな感覚が、輝夫の体の中に残っていた。その苦しみは現在と繋がっている人生では経験したことのない苦しみであるので、その苦しみが具体的には何であるのか輝夫には理解できなかった。
「でもそれは楽しくて充実していたからじゃないかしら。あなたがこんな素敵なキャンペーンを見つけて、応募してくれてよかったわ。わたしは最初どんな内容なのか分からなくて不安だったけど。ホームページ上での説明が分かりやすくてしっかりしていたから、あなたが応募することに反対しなかったんだけど、でもまさか当選するとは思わなかったわ」
「今回は第1回で枠が一つだったけど、応募者が100名以上いたというんだから本当にラッキーだったよ」
「こんなに広い敷地で、こんなに大きな家に住めるなんて、二週間の期間だったけどなかなか気持ちの良いものだったわ。家賃はただ、光熱費もただ。そして補助金もでるなんて。応募者がたくさん出るのは当たり前だわ」
「これはあまり宣伝されていなくて、僕も偶然ホームページで見つけたんだ。宣伝でもしていたらまず無理だったね。二週間の休暇のようなもんだったからね。テレワークといってもモニターだからな。毎日やっていたことは会社にネットで簡単な報告をすることだけだったからな。お陰で読書をしたり調べ物をしたり充実した二週間を送れたよ」
「でも夢だと思うんですけど、夢でしかありえないんですけど。何か別の人生を別の現実を生きていたという不思議な感覚が残っているんですけど」
「別の現実ってどんな」
「中1のときに輝夫がいじめにあって、不登校になってしまって。今私たちが住んでるような広い敷地に建っている大きな家に引っ越してきて、自分たちでフリースクールを始めて輝夫に授業をしているような。夢ではなく現実としか思えないような記憶がのこっているの」
「僕にも同じような記憶が残っている。テレワークでもきちんと仕事をしていたような」
「でもたまに聞くことがあるじゃない。とても夢とは思えないような現実的な夢を見ることがあるって。その夢のなかでこれは夢じゃないんだ。あー夢だったらよかったのにと思っているような夢」
「うーん、そういう夢だったら僕も見たことがあるかもしれない。でもそういう夢とは全く違うんだよな。全く同じ時間に全く違う経験をして来た記憶が残っていて、どちらの記憶が現実であるかは、今の現実と同じであるからそう思っている。そんな感じかも知れない」
「そう言われるとわたしもそんな感じかも知れないわ。本当に不思議だわ」
「明日はもう家に帰らなければならないから片付けの残りを終わらせなければね。家は2週間空けていたしね。そう言えば輝夫が子供の頃のものをいろいろ探してみたいって。輝夫の子供の頃のものが入ったダンボール箱を持ってきていたよね。昨日片付けの時そのダンボール箱を空けた時、輝夫が子供の時よく持ち歩いていたスケッチブックが出てきたんだ。前にもそのスケッチブックをダンボール箱から見つけて開いて見たことがあるような気がするんだけど、僕は始めて開いたと思っているんだ。そのスケッチブックを開いて見てびっくりしたよ。とても子供の絵とは思えない素晴らしい絵が描かれてあったよ」
「二週間家を空けるから、高価なものや大事なものを入れて持ってきた箱があるよね。わたしその箱の中に入れる時気が付かなかったのかしら。中1の写生会の時に描いた山と草原の素晴らしい絵があるの。全国の絵のコンクールで受賞したのね。こんな凄いことなのに何故わたしはよく覚えていなかったのかしら」
輝夫は3本の木から1メートル離れたところに立っていた。空にはところどころに真っ白なわた菓子のような雲が動いている。雲は時々純白の光を放つ太陽を覆って、前庭を薄暗い世界へ誘う。強烈な眩しい純白の光から開放されるのはしばらくの間で、しばらくすると眩しい太陽の純白の光が前庭に降り注いだ。中央の木の幹には穴の跡があり、そこから流れた樹液が固まっていて、純白の太陽の光を浴びて青い光を反射させていた。左側の木の幹にも穴があり、そこから流れた樹液が固まっていて、純白の太陽の光を浴びて赤い光を反射させていた。右の木の幹にも穴があり、そこから流れた樹液が固まっていて、純白の太陽の光を浴びて緑色の光を反射させていた。青い光と赤い光と緑色の光は輝夫の手前で融合して、輝夫の瞼に心地よい重さを与えた。心地よい暗闇に覆われて、心地よい暗闇のなかに草原の風景と『麦畑』の風景が交互に現れた。それは一瞬のことであった。瞼が信じられないくらい軽くなり、瞼が開かれると三本の木の光景が輝夫の瞳のなかに飛び込んできた。三本の木の幹には穴もそこから流れて固まった樹液のあとも全くなかった。三本の木の幹には何の傷跡もなく、太陽の純白の光を浴びて焦げ茶色の光を反射させていた。
14年の経験の中に全く別の2つの人生を経験したような不思議な感覚が輝夫の体中に残っていた。その2つの人生のうちの一つの方が、現在の人生と繋がっているので現実のことと思える。もう一つの現在と繋がっていない人生は、現在の人生と繋がっていないので現実のことと思えないだけで、現在の人生と繋がっている人生と同じくらいリアルなこととして、輝夫の記憶に残っている。現在の人生と繋がっている人生は、現在と繋がっているゆえに、具体的な事柄を現在の具体的な事柄とつなげながら、たどっていくことによって思い出すことが出来る。しかし現在と繋がっていない人生は、現在の具体的な事柄と繋げることができないので、具体的な事柄を思い出すことができない。現在と繋がっていない人生で経験したことのリアルな経験が、リアルな感覚として輝夫の体のなかに残っている。いじめや不登校のときに受ける苦しみのリアルな感覚が、輝夫の体の中に残っていた。その苦しみは現在と繋がっている人生では経験したことのない苦しみであるので、その苦しみが具体的には何であるのか輝夫には理解できなかった。