さよならシンデレラ
──どうしよう、かと。私は悩んでいた。
私の部屋の机の上には、画面が割れたスマホがあって。カチカチ、と、ボタンを押しても画面が光ることもなく。充電がないのかと思い、充電をしてみても画面は光らない。
やっぱり壊れてしまっているらしい。
このスマホはルカによって投げられたスマホ。
どうして私の部屋の机にあるのか、それは誰も拾うとしないからだった。廊下に散らばったガラスを教員たちは片付けをし始めて、放置されていたスマホを私が拾い、それを教員に渡そうとしても「待ってね、ちょっと忙しいから持っといて」と言われたからだ。
持っているのはいいものの、片付けが終わって教員に渡そうとしても、「ちょっと待ってね」と再度言われ。
〝待ってね〟が嫌いな私は、「本人に返します」と言い、職員室の前から去った。
それで、このスマホが私の部屋にあるわけだけど。
どうやって返せばいいのかと迷う。
だって私はスマの持ち主が〝ルカ〟ってだけしかしらない。何年生なのかも分からない。っていうかそもそも逆光で顔も見えなかったわけだし。
どうするかと迷いながら5分。
ひとつの解決策がルカの知り合いらしい〝マヤ〟に渡すことだった。
マヤなら顔が分かるし、何とかなりそうな気がする。だけど2人は仲が悪そうな感じだったし……。本人に返してくれるか分からない。やっぱり先生に預けた方が良かったか。
うーん、うーん、と悩みながらスマホを見つめ。
一度、菜乃花に聞こうと思った。菜乃花なら知っているかもしれないと。そう思い『ルカって男の人知ってる?知っていたら何年生なのかも教えてほしい』と送った。
菜乃花からはすぐに返事が来た。
『ルカって瀬戸流風の事かな?同じ学年だよ。何かあったの?あいつには関わらない方がいいよ!』
逆光の彼は、同じ学年らしい。
名前は瀬戸流風というらしい。
────関わらない方がいいとは?
ああ、スマホを屋上から投げるほどだから?
でも菜乃花はその光景を見てはいないはず。
見てはいないけど、ああいうことが多々あるから関わらない方がいいと言っているのかもしれず。
もしかしたら瀬戸流風は、いろいろとな問題児なのかもしれない。
『彼のスマホを持ってるの』
そう送れば、『え?!なんで?!』と、すぐに返事が来て。
その直後菜乃花から電話がきて、電話を出れば『どういうこと?!』と、戸惑っているような声が聞こえた。
簡単に持っていることを菜乃花に説明すれば、菜乃花は少し困っている様子で。
『先生にもう一度渡すか、それともマヤくんに渡した方がいいかもしれない。本人に直接渡さない方がいいかも』
マヤ?
マヤって、投げつけられていた男だよね?
割れたガラスが直撃すれば、大怪我をしていたかもしれない男。
「でも、2人、仲が悪いんじゃないの?」
『うーん、仲悪いっていうか瀬戸君がマヤ君を嫌ってるのね。マヤ君はそうでもないみたいな』
「本人に直接渡しちゃいけないの?」
『うん、それはやめといた方がいいかも。瀬戸君、ほら、今回みたいにスマホを投げたり暴力的だから』
ああ、なるほど……。
私にも危害があるかもってことか……。
「やっぱり先生に渡すべきかな」
『その方が……。あ、そうだ!ミオくんに渡すと早いかもしれない!』
ミオ?
『いつも3人でいるんだけどね、ミオ君は優しいから!』
「3人?」
『うん、マヤ君、瀬戸君、ミオ君!』
「ミオ君って人が優しいの?」
『そうだよ、明日また教えるね!本当に優しいから、瞳、好きになっちゃうかもだよ』
クスクスと笑う菜乃花に、ミオ君とはどんな人だろうと首を傾げた。好きになってしまうほど、優しい人なのだろうか?と。
そして翌日、菜乃花が言っていたことが分かったのはすぐだった。ミオ君は隣のクラスらしく、一緒についてきてくれた菜乃花が「あの茶髪の人だよ、白いベスト着てる人」と教えてくれた。
第一印象は、爽やかに笑う人だった。白いベストが良く似合う男の人はあまりいないと思う。だけどもその彼はとてもよく似合っていた。
どう話しかけようか迷っていると、ちょうどよく彼は私たちがいる廊下の方へと歩いてきた。確かに菜乃花の言う通り、優しい顔立ちをしていて……。
「あ、ミオ君、ちょっといいかな?」
私たちのそばを通り過ぎようとした時、菜乃花がその彼に話しかけた。ん?と、菜乃花の方を見たミオ君は、「なに?」と首を傾げた。
「急にごめんね、あのね、この子が瀬戸君のスマホを持ってるの」
菜乃花の言葉に、え?と一瞬目を見開いたミオ君は「流風の?」と口を開く。
菜乃花の言う通り、昨日の彼を呼び捨てにするほどの仲らしい。
「うん、昨日、瀬戸君がスマホを投げて窓を割っちゃって……」
「ああ、聞いたよ。マヤに向かって投げつけたって」
「そうなの。その時、この子が……、瞳が拾ってくれたの。だからミオ君から瀬戸君に返してくれないかなと思って」
「そうなんだ、ありがとう。俺から返しておくよ」
にこりと笑ったミオ君は、私が持っていたスマホを受け取った。そしてそのスマホの画面を見つめ……。
「これ、充電切れてるの?」
そう言ったミオ君は、スマホから私へと視線をずらした。
「ううん、投げた時に壊れちゃったみたいで。家でも充電してみたんだけどつかなくて」
「──そっかあ、じゃあ中身とか見てない?」
中身?
「ううん、見てないよ」
「そっか、残念。流風の面白い写真とかあったら良かったのになぁ」
クスクスとからかうように笑ったミオ君は、もう一度私に「ありがとう、瞳ちゃん」とお礼を言ってくれた。
「ね、ミオ君は優しいでしょ」
そう言った菜乃花に、ミオ君は照れたような顔つきになり、「そんな事ないよ」とスマホをズボンのポケットに入れた。
確かに優しい顔つきや雰囲気はあるけど、好きになるほどじゃない。そもそも私は、一目惚れとかしないタイプだから。
ミオ君とはその場で別れた。
菜乃花は「やっぱりミオ君かっこいい」と言っていた。確かにかっこいいのかもしれない。それでも私は────かっこよさが、いい人だとは限らないことを知っている。
「菜乃花はさっきのミオ君がタイプなの?」
「うん、私、優しい人が好きなの。だから騒がしい人とかあんまり好きじゃなくて。ミオ君とか甘えさせてくれるタイプだと思うんだぁ」
「そうなんだね」
「瞳は? タイプとかあるの?」
タイプ……。
「ってか、瞳、彼氏いた事あるの?」
彼氏は……。
菜乃花の質問に、私は笑った。
「あるよ。好きなタイプはそうだなぁ、タイプっていうタイプは無いのかもしれない」
「ないの?」
「うん、好きになった人がタイプなの」
「芸能人とかでもいないの?」
「ないよ。会ったことないのに、好きとかならないもん」
「そういうものなのかな?」
「うん、普段テレビとか見ないからそう思うのかもしれない」
ふふ、と笑った私は、過去の出来事を思い出していた。
彼は今、何をしているのだろうか、と。