■Love and hate.
「だったら私に電話なんかしてないでゆっくり休んでください。」
『栞の声って落ち着くよねぇ』
「…はい?」
『ずっと俺の傍にいてくれたらいいのに』
いよいよおかしい。何かがおかしい。
いつもの一条さんなら、こんな統一感のない台詞言わないはずだ。……いや、寧ろいつも言ってるかもしれないけど。
私は暫しの沈黙の後、
「今どこにいるんですか?」
ともう一度問う。
『まいほーむ』
「それは分かってます。家のどこにいるんですか?」
『ベッドだよ。栞もおいで?』
「……因みに何でベッドにいるんですか?」
『なーんか、しんどいし』
いや待って、この人もしかして体調悪い?
体調悪そうだったから帰らされたんじゃ…心なしか、声も熱っぽいように感じる。
一条さんは甘えん坊のくせに、分かりやすく甘えることがあまりない。
いつも何か要求する時は遠回しだ。
だから私は、そんな一条さんに気付いてあげなきゃならない。
「――今から行きます。」
それだけ言って電話を切った。
野薔薇に忠告されたばかりだけれど、やっぱりこういう時、私は一条さんに対して無情になれない。
それどころか、“早く行かなければ”なんてよく分からない使命感に駆られている。
「ごめん、ちょっと急用できた」
私は美術室のドアを開け、野薔薇にそう伝えながら鉛筆を片付けた。筆箱を鞄にしまい、荷物を持つ。
「急用ぅ?何があったのよ」
「…し、知り合いが風邪気味っぽくて」
「ははーん。一条さんね?」
知り合いと言っただけなのに何で分かるんだろう。相変わらず野薔薇の勘は鋭い。
「……」
「図星かぁ。いいんじゃない?ライバル会社の社長の弱みを握るチャンスかもよ」
……そのうえ狡猾だ。野薔薇の狡賢さは色々通り越してもはや美しいレベルだと思う。
将来数々の男を誑かして遊んでそうだ。
なんだかんだ言っても頼りになる親友ではあるんだけど。
「弱みを探すつもりはないけど行ってくる。また明日」
私はそう言って再び美術室を出た。
後ろから野薔薇の「面白くないわね~」なんてからかうような声が聞こえてきたりもしたけれど、スルーしてバスの時刻を確認した。
放課後は部活動をして帰るのが遅れることがよくあるから、一条さんの看病をして遅れても問題はないはずだ。
ここから一条さんの家まで行けるバスは5分後に到着だ。――やばい。
私は焦りながらもバス停へと走った。