■Love and hate.
眉唾物
ある日のお昼、私は学校の近くにある喫茶店・クラシックに足を運んだ。
今日学校が昼までであるということを両親は知らない。
1人で出歩くのは、自由を感じられて良い。
入り口の外には洒落た花が飾ってあり、ドアを開けるとからんからんと鈴の音がする。
中に入るとお持ち帰り用のお菓子の箱とレジが並んでいて、そのすぐ横にはカウンターがある。
奥には2人用や4人用のテーブルがいくつかあり、喫煙席と禁煙席が分けられている。
流行っている喫茶店だから、席が空いていないことも多いけど…今日は座れるみたいだ。
鼻歌を歌いながらテーブルの方へ向かっていると、
「よく会うわね」
凛とした、美しいとしか形容のし得ない声音が私を呼び止める。
窓際の禁煙席に座っていたのは、微笑を浮かべる洋子さんだった。
メニューにあるココアパンケーキを食べている途中のようだ。
漂う大人っぽい雰囲気と、リンスか何かのCMにでも出てきそうな長く綺麗な黒髪が目立つ。
どこに座るべきか迷い、同じ席にお邪魔するのもどうかと思って隣の席に座ったけど、洋子さんの方からお皿を持って私の方のテーブルに移動してきた。
「学校は?さぼり?」
「いえ。今日は早く終わったので…バイトが始まるまで時間を潰そうかと」
「あー、そうよね。さぼらないか。真面目そうだもんね」
1人納得したように頷く洋子さんは、私にメニューを渡してくる。
「折角だし、奢るわ。何がいい?」
「え…でも、」
「いいのいいの。高校生なんだから、素直に甘えておけばいいのよ」
お金はちゃんと持っているし遠慮したいところだけど…ここで断るのも洋子さんの気持ちを無視することになりそうで、結局「ありがとうございます」と頭を下げた。
ザッハトルテとアイスコーヒーを頼み、爽やかな店員さんが持ってきてくれた水を飲んで待つ。
き、気まずい…。
私が洋子さんを意識し過ぎているからこそそう感じるのかもしれない。
一条さんの婚約者。
洋子さんとなら、一条さんは堂々と一緒に出掛けることができる。
この前だってあの書店に来た。
高校生で――しかもライバル会社の社長令嬢という立場にいる私は、一条さんと人が大勢いる場所で会うことはない。
親に見つかったら、どうなるか分からない。
妙な虚しさが襲ってきて、ぐいっと冷たい水を一気に飲み干した。
食事中なのに声を掛けていいのか分からずとりあえず黙っていると、洋子さんの方から話し掛けてくれた。
「バイト、どんな感じ?」
「あ…えっと、今日は学校の休み時間にポップを書いたので、持っていくのが楽しみです。我ながらなかなかうまくできたと思うんですよ。デザインも工夫したし…」
洋子さんは興味深そうに私が鞄から出したポップを眺める。
キャラクターの小さなイラストを横に描いたりペンの色を変えてみたりして、見やすくした。
「栞ちゃんはこういうのがうまいのね」
「ありがとうございます。私、将来は短大のグラフィックデザイン系学科に行きたいと思ってまして」
「へぇ。私、そういうのはあまり詳しくないんだけど…デザインについて学ぶ大学に進むってこと?」
「はい。基礎的な知識とか技術とか、DTPツールの使い方を学べるみたいです。…って、興味ないと分からないですよね。…えっと、洋子さんはよくこの喫茶店には来るんですか?」
「そう頻繁には来ないけど、今日は待ち合わせだから」
一条さんを待っているんですか、と聞きたくなる衝動を何とか抑える。
喉の奥まで来ていた言葉を飲み込む。
聞いたらまた嫌な気持ちになるかもしれない。
傷付いてしまうのが怖い。