■Love and hate.
でも、
「弟を待ってるの」
どうやら違うらしかった。
「…一条さんじゃないんですね」
覚えず出てしまった言葉にハッとして、すぐに付け加える。
「一条さんと仲良さそうだったので、いつも一緒にいるようなイメージがありまして…お2人、お似合いですし…」
自分の声が小さくなっていくのが分かったけれど、洋子さんは特に気にしていない様子で言った。
「ううん。仲良いとかそういうんじゃないのよ。どちらかと言えば…依存、共感、同情…そういうもの。そこに愛情はないわ」
少し悲しげな表情をし、食べ終わったココアパンケーキのお皿の上にフォークを置く洋子さん。
「私の母親、昔事故で死んでるの。秀司のお母様も同じように死んでいるから、私たちの父親同士が傷の舐め合いみたいにたまたま仲良くなった。それで、そのまま私たちを結婚させようって話になったのよ。…まだ早いのに」
仲良くなった経緯は違うものの、私や貴史さんのご両親も同じようなものだ。
親同士で勝手に仲良くなって、子供の意見は無視される。
親があまりにしつこく言ってくるから、それがあたかも自分の意志であるように錯覚する。
でも、それは結婚に限ったことじゃない。
昔から、私は紛れもなく両親の犬だった。
子供の頃から私のことを賢い子だと根拠も無いのに期待する両親の間で居心地の悪い日々を過ごしてきた。
両親は別に期待していたわけではなく強要していたに過ぎないことを知ったのは、物心がついた時だった。
成績が悪いと「いじめられたの?」「授業中に邪魔してくる子がいるのね」と決め付け、良い成績を取ると自分達の育て方が良いと言う。
意識的なのかそうじゃないのかは定かではないけど、プレッシャーをかけてくる。
母はプライドが高いくせに自信がなく、家族の名誉や家柄で自分の地位を上げようとする良くも悪くも世間体ばかり気にする人間だった。
私に嫌われることを恐れていて、私の前では私の味方をするけれど、私のことを道具として見ているのはどちらかと言えば父よりも母だ。
私の家の玄関は、夜になると内側からも開けられないように施錠されている。
これも、おそらく母が提案したことだ。
夜中にコンビニに行こうとして、鍵が掛かっているのに気付いたのは中学生に成り立ての頃だった。
両親の寝室には鍵が掛かっているから、外から声を掛けて母と父のどちらかを起こすしかない。
何回かノックすると、起きてきたのは意外にも母で、コンビニに行きたいことを伝えると、一旦寝室に戻ってまた出てきた。
その手には鍵があった。
コンビニは近くにあるから1人でも行けるのに、母は付いてきた。
「心配だから」と。
それが私の安全に対する心配だと思っていたあの頃の自分は、それが私への不信感からの行動だと分かっていなかった。
両親は私が騒ぎになるようなことをするかもしれない、ということが心配なのだ。
それを理解したのは、一条さんと出会う少し前のことだった。
きっかけは、家の固定電話が全て買い替えられたことだった。
受話器が本体と線で繋がっていない電話が置かれた。
壊れてもいなかったのに買い替えられたことを疑問に思った。
その意図を悟ったのは、テスト前日の夜、勉強を終えてリビングへ水を飲みに行った時だ。
いつもあるはずの子機がなかった。
本体の上に置かれていた受話器もなかった。
たまたまどこか別の場所に誰かが置いたのかもしれないと思って探したが、家中の電話がなかった。
どこかにあるとすれば――それは鍵の掛かった両親の部屋だけだった。
夜中は家の決まりで携帯を預けてるのに、ここまでしなくていいじゃないか、と思う。
彼らは、自分たちが寝ている間に私が何かすることを危惧しているのだ。
不意に重たい空気を明るくしようとするように笑顔になった洋子さんは、携帯を取り出して慣れた手付きで操作する。
「栞ちゃんと会ったって秀司に伝えておくわ」
「…え」
「あの人、私の行動をいちいち把握しておかないと気が済まないのよ」
その指先を見て、最近一条さんと連絡を取っていないことを思い出す。
明確な理由は特にないけど、何だか一条さんと話す気にならない。