■Love and hate.
* * *
どれくらい経った頃だろう。
黒いジャケットの下に白いレギュラーカラーのシャツを着た、人の目を奪う眉目秀麗な男が喫茶店に現れたのは。
「偶然だね」
とても偶然とは思えない登場に戸惑いを隠せない。
「これから仕事だから、すぐ行かないと。…でも、ちょっと話そうか」
これまでにないくらい怪訝な顔をしているであろう私の座る椅子の横に、一条さんが少し間隔を空けて座った。
「…何で、来たんですか」
「ちょうどここを通る用事があって。まだいるとは思わなかったけど」
「仕事があるなら、さっさと行ってください。やることなら沢山あるでしょう」
何故こんな冷たい言い方をしてしまうのか自分でも分からない。
「怒ってる?」
寂しげな声音が耳に届き、何となく視線を合わせないようにしていた一条さんの方を向いてしまう。
バッチリ目があって、急に逃げたくなった。
「洋子が俺の婚約者ってことはもう知ってるの?」
「…洋子さんの幼馴染みに聞きました」
「幼馴染み、ね。それってさ、」
一条さんが無表情で私を見つめている。
「栞の婚約者のこと?」
いつにも増してこの人の思考が読めない。
「…親が、勝手に決めただけです」
何故か責められている気分になって、言い訳のような言葉が出てくる。
「もしかして、あのパーティーで話してた男かな?」
「一条さんには関係ありません」
「やっぱりね」
私の話を聞いているのか聞いていないのか、一条さんは1人納得したように言い、私から視線を逸らしてやってきた店員に珈琲を頼んだ。
そういうことに興味がなさそうな一条さんが、何故私に婚約者がいることを知っているかなんて明確だ。
洋子さんに聞いたに違いない。
洋子さんと一条さんは情報を共有しているように思う。
……私の知らない一条さんを、洋子さんは知っている。
「最近全然ちゃんと会ってなかったよね」
話題を変えるように、お互い目を合わせない会話が始まった。
確かに、お父さんに友達の家に泊まるなと言われた日からはろくに会っていない。
月に1回しか家に泊まれないことはお父さんに言われたその日に伝えたから、一条さんも了承しているはずだ。
「月末の土曜、俺んち来ない?」
そう私を誘ってくる一条さんは、どうやらその月1回のチャンスを月末使ってほしいらしい。
「その日ならちょっとだけ早く帰ってこられるから、その分一緒にいられる」
そう告げてくる甘い声音は、書店で会った時の声音とは比べようもないくらい優しかった。
私の知っている、いつもの一条さんの声音だ。
安堵と不安が入り混じった妙な気分になった。
一条さんのことを以前よりもずっとずっと遠く感じる。
――…一条さんのホンモノが、どっちなのか分からない。
「はい。バイトが終わってからになりますが、行けるはずです」