■Love and hate.
■It may well rain tonight.
急進的
学校が早く終わった日、私はバイトまでの少しの時間を貴史さんと過ごすことにした。
と言うのも、この前初のお給料を貰ったから、それを使って買ったプレゼントを貴史さんにあげたかったのだ。
私の婚約者である貴史さんがどんな人かずっと気になっていたようで、何故か野薔薇も付いてくることになった。
貴史さんは急な予定の変更にも「両手に花だなー」なんて笑ってた。
行き先は、前にも立ち寄った喫茶店・クラシック。
野薔薇は最初のうち貴史さんとあまり話さなかったけど、貴史さんの優しさを感じ取ったのか警戒を解き、今では意気投合している。
店に入り、3人で奥の方にあるテーブルへと向かう。
今日は洋子さんが見当たらないことに少しほっとした。
洋子さんと会うと、また報告されてしまうかもしれない。
一条さんに見えない所で行っていることを知られるのはあまり良い気分じゃない。
椅子に座ると、私はミニイチゴタルト、貴史さんと野薔薇は生チョコタルトをメニューから選んで、最後に3人分のカフェオレをいつもの爽やかな店員さんに注文した。
貴史さんと野薔薇はちょうど同じ物を食べたい気分だったらしく、気が合うんだなぁなんて思って少し嬉しくなる。
自分の友達と友達が仲良くなるのは嬉しい。
私はお給料で買ったスマホカバーを貴史さんにあげた。
薄い水色で、左下にお洒落な花の絵がちょこっとある。
私の趣味で選んでしまったけど、貴史さんは喜んでくれたようで、「ありがとう」と笑って鼻歌を歌いながら早速自分のスマホに付けていた。
子供みたいなその様子に、私と野薔薇は顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。
と、不意に貴史さんが真面目な表情になってこちらを向いた。
私の隣には野薔薇、前の席には貴史さん。
ちょうど向かい合う形になっている。
「…あの、さ。…親父に、栞が高校を卒業したら結婚しろって言われたんだよな」
正直、驚いた。
そんなこと誰にも聞いてない。
もしかしたらもうそういう話になっているんだろうか。
お父さん達が私に言っていないだけなんだろうか。
「そんなに早いと思ってなかった。10年くらい先の話で、今は結婚だの何だの言ってても結局うやむやになるんだろうって。…けど、急に現実味を感じて怖くなった」
貴史さんの言うことは分かる。
というか、私も同じ気持ちだった。
婚約者なんて言いながらも、結局最後は結婚しないんだって何の根拠もなく思ってた。
「…なぁ、このままでいいと思うか?」
貴史さんは問い掛けるような形で、私に“選択”を丸投げしてくる。
――昔、室外犬を飼っていた。
散歩の途中で首輪が外れてしまい、逃げられたことがある。
凄い勢いで走って行ったから、ずっと自由に生きたかったんだって思った。
でも、その犬は数日後に帰ってきた。餌を求めて戻ってきた。
その姿が、何だか私のように見えた。
餌がないと生きていけないくせに、親の力がないと生きていけないくせに、自由を求めてる。
貴史さんは選択を丸投げしてきたわけじゃなく、“諦め”を私に要求しているのかもしれない。
私が諦めるなら自分も諦めることができる、と。
だから諦めてくれ、と。
私の答えは決まってる。
私達は所詮あの犬のような存在。
抵抗するだけ無駄だということくらい、分かっている。