■Love and hate.
「――このままでいいわけないじゃない。これからもずっと縛られてるつもり?」
私が口を開くよりも先に、野薔薇の力強い声音がそれを遮った。
貴史さんが野薔薇の方を向き、私もその視線を追うように腕組みをしている野薔薇を見つめる。
「親が子供を縛ってもいいのは、子供が大人になるまでよ。親の言う通りの結婚なんかしたら、いつまでも縛られることになる」
野薔薇は何だか怒っている表情で、説教でもするように言う。
「栞達がいいならそれでいい。でも、それで幸せなの?」
野薔薇はいつも、私が言えないことを言ってくれる。
「子供の選択を奪う権利なんて、どんな親にもないわ」
――たとえ正論でも、それは一般論に過ぎない。
現実は上手くいかない。
野薔薇の言うことは正しいと思う。
でも実現が可能かと言われれば、それは別だ。
「もう…決まったことだから」
貴史さんに恋愛感情を抱くことはできないけれど、友達としても夫としても良い人だ。
これ以上の幸せを望んではいけない。
妥当な方法で生きていかなければならない。
諦めっていうのはいつだって必要で――
「栞、一度でも親と話し合ったことある?」
――でも、野薔薇は納得できないようで。
会話はするけど、今野薔薇が言っているような意味での話し合いをしたことはろくにない。
したって無駄だって分かってる。
決められたことは守らなければならない。
「どうして話し合わないの?」
“どうして”――…怖いのだ。あぁ、そうか。怖いのだ。
私の意見を言って、否定されるのが怖いのだ。
私の意志なんか親の前では無力化することを突き付けられるのが怖いのだ。
「あんたも!そんなこと聞くってことはこのままじゃ駄目だって分かってんでしょ。勝手に諦めて、諦めてるふりして、本当は納得してないんでしょ」
野薔薇は貴史さんに射抜くような視線を向ける。
「私は諦めないから!」
私達のことなのにまるで自分のことのように言う野薔薇に、胸が締め付けられた。
抵抗しない私の代わりに、野薔薇が抵抗しようとしてくれている。
最後のチャンスかもしれない、と根拠もなくそう思った。
予感に似た何かが、ここで覚悟を決めなければ一生逃げ続けることになるぞと私に伝える。
「……そうだな。意地悪なことを聞いてごめん、栞。俺は、納得してない。たとえ栞がどう思っていようが」
先に口を開いたのは、貴史さんだった。
「お前の親父さん、悪い奴ではないと思うぞ」
ぽつりと貴史さんが私に向かって言った言葉の意図が分からず見返せば、
「話し合ってみてくれないか」
なんて言葉が返ってくる。
「俺は人として栞が好きだ」
それは、貴史さんの覚悟を物語っていて。
貴史さんのご両親の意見ではなく、紛れもなく“貴史さんの”言葉だった。
野薔薇は納得したように頷き、満足したように笑みを浮かべる。
「最初からそう言いなさいよね。男らしくもない」
「ありがとう」
「え?」
「俺達の為に、怒ってくれてありがとう」
野薔薇のことを真っ直ぐ見て優しく笑う貴史さんに、野薔薇はぷいっとそっぽを向いてしまった。
その耳が赤いから、照れているんだろう。
その様子が可愛くて思わず笑ってしまってから、…私も、覚悟を決めなければならないと思った。
私は恵まれている。
私の味方でいてくれる友達がいる。
親に否定されようが何だろうが、私の意志を尊重しようとしてくれる友達がいる。
「…私も、人として、友達として貴史さんのことが好き」
私は初めて、自分の意見を言えた気がした。