■Love and hate.



この世に存在する沢山の家族の中で、お互いがお互いに満足している家族はどれだけいるのだろう。


それは所詮無い物強請りなのかもしれない。



自分の理想とする親の行動を勝手に同じ人間である親に期待し、押し付け、失望する。


その人間が親として優れていると感じるかどうかは、常識と同じで、人によって異なる。



すっと、胸の奥が澄んでいく。


終わったと思った。


私の長い反抗期が、終わったと思った。


結局は自分の問題だったのかもしれない。


理想と現実の違いを認められるくらいには、大人になってしまった。



「……お父さん、ありがとう」



お父さんは何も言わず、リビングを出て行こうとする。



ずっと、親と子の上下関係のない、友達みたいな関係に憧れていた。


でもそれは単なる願望に過ぎず、親は親という大人であって、私が父とのそういう距離を縮めることはできないのだろう。



――でも。


それでも。


私たちは家族だ。





「好きな奴でもできたのか」



リビングを出て行こうとするお父さんの背中がそう言った。


涙を拭いて見上げると、お父さんもこちらを見た。


問い掛けの意味がよく分からず言葉を選ぶけれど、お父さんは特に答えなど求めていなかったようで、その後すぐに付け足した。



「初めてだな。お前が俺にそんな話をしてくるのは」



いつもとそう変わらない表情。


でも、分かった。私には分かった。



――…お父さんは、笑っている。



そうか。


…貴方は、そんな風に笑うんですね。





お父さんがリビングを出て行った後、聞こえるのはまた雨音だけになった。


今まで乾いていた心の中が急に潤ったような、そんな柔らかな温かさが私の中を埋め尽くしていた。



“好きな奴でもできたのか”――…婚約のことじゃなかったら、私はここまで勇気を出せなかったかもしれない。


何故立ち向かうことができたんだろう。


野薔薇や、貴史さんの力も勿論ある。


でも、それと同じくらい力になったのは――誰の存在だろう。


貴史さんとの結婚に現実味を感じて、真っ先に思い浮かんだのは誰への不安だろう。





―――……私は、一条さんが好きだ。




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