■Love and hate.
* * *
女の子は家の少し手前で「とまってください」と言い、あの重そうな手提げ鞄を肩に掛けて車を出て行く。
「では、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をして家へ向かおうとする女の子を呼び止め、名刺を渡した。
「……これは?」
「連絡先が書いてあるから、いつでも連絡してきていいよ」
「…はい?」
雨に濡れながら俺の名刺を凝視する女の子は、怪訝そうな声を出す。
「目的は、何ですか」
あぁもう、面倒臭い。
ゆっくり警戒心を解いてやる余裕なんてない。
俺はただ、早く見たいだけなんだ。栞の傷付いている様を。
そういえばこの子は高校生だったか。
ある程度明確な言葉を言ってやらないと分からないかもしれない。
「栞みたいな従順な子もいいけど…たまには君みたいな気の強そうな子の相手もしてみたいな」
女の子は名刺からこちらへ視線を向ける。
随分雨に濡れているが、正直どうでも良かった。
この女の子が寒い思いをしようが風邪を引こうが、栞を苦しめる為の材料になってくれればそれでいい。
栞の泣き顔を――俺のせいで泣く栞を――どうしても見たい衝動に駆られていた。
ただ、計画も立てずに感情で行動するとろくなことがない。
「いりません」
濡れた名刺を投げ捨てるように俺に返してきた女の子の声は、震えていた。
「何のつもりですか?こうやっていつも女子高生にちょっかい出してるんですか?栞は遊びなんですか?」
警戒と苛立ちを隠さない声音が俺を責め立てる。
「お言葉ですが、栞は貴方のようなクズの隣にいつまでもいるような人間ではありません。そのうち貴方は見捨てられますよ」
栞の親友である女の子のそんな言葉に、子供相手だとは分かっていても多少の憤りを覚えた。
君が栞の何を知ってるの?と問いたかった。
この子が栞の親友だろうが何だろうが、俺以上に栞のことを把握している人間はいない。
「随分言ってくれるね。残念だけど、栞は俺がいないと不安定になる。俺を捨てるなんて有り得ない」
「勝手にそう思っていてください。栞は貴方無しでは生きていけないような弱い人間じゃありません。今はそうでも、必ず自立します」
「君は栞のことを何も知らないんだね。あの子はここ数年ずっと俺を逃げ場にしてきた。失うことに耐えられるとは思えない」
「たとえそうだとしても、逃げ場なら他にもあります。学校やバイト先…それに、栞には貴方なんかよりもずっと素敵な婚約者がいます」
「あっそう。でも、いざという時に栞が縋るのは俺の方だろうね」
「あら、そうとも限りませんよ?栞は彼と凄く仲が良いし、貴方が捨てろと言ったドレスだって取ってあるらしいですし。つい最近だってバイトで得たお金を彼へのプレゼントに使ったんですから」
「…ふーん」
「貴方は、何も貰っていないでしょう?」
「……」
「今日貴方が言ってきたことは、栞が悲しむのでわざわざ報告したりはしません。でも、覚悟しておいてください。たとえ今日私に言い寄らなかったとしても、貴方は必ず捨てられる。精々自分のしてきたことを後悔することですね」
ふんっと最後に鼻で笑った女の子は、家へ向かって歩いていった。
手元には、握り潰されたようにくしゃくしゃになった濡れた名刺だけが残る。
正直驚いた。
あの年代の子供の友情なんて、簡単に壊れるものだと思っていた。
……そうか、あの子は友達にも恵まれているのか。
苛立ちが募る。
嫉妬心が募る。
それらが何に対するものなのか、自分でもよく分からなくなった。
心の中がぐちゃぐちゃで、どす黒く混ざっていく。
気付けば、服の上から胸の辺りに爪を立てていた。