■Love and hate.
御破算
月末の土曜日。
バイトが終わってから歩いて一条さんの家まで行くと、一条さんは雨だというのに家の外で私を待っていた。
幸い屋根がある場所にいてくれていたものの、何故わざわざ外で待っていたのか分からず少し戸惑う。
「あの、一条さん…?」
少し離れた場所から声を掛けると、一条さんは視線だけをこちらに向け――…次の瞬間には私の近くへ歩み寄り、傘を奪い取っていた。
傘は地面に落とされ、私に降ってきたのは熱っぽいキス。
何の言葉もなく、雨に濡れながら唇を重ね続ける。
暗闇が私たちを隠してくれた。
抵抗する気力が失せてきて、雨の中ずっとそうしていた。
一条さんが小さなくしゃみをしたことでハッとして一緒に家に入ろうとする…が、
「ダメ、まだ」
甘え声でそう言われ、結局それからまた数分間雨に濡れていた。
家に入ると何だか寒気がしてきて、
「服を着替えてもいいですか」
と一条さんに聞くと、とんでもない答えが返ってきた。
「うん。…でも、その前に一緒にお風呂入ろ?」
やっぱり変だ。
普段はそんなこと言わないのに、今日に限って要求してくる。
「……嫌です」
「何で?」
「恥ずかしいじゃないですか」
「いいよ?恥ずかしがっても」
そのあっけらかんとした態度に困っていると、一条さんはふふふ、と悪戯っ子みたいに柔らかく笑った。
「一緒にお風呂に入るっていうのは、あの男ともないでしょ」
その独り言の意味は分からないけれど、何にせよ一条さんに諦める様子はない。
裸はもう何度も見られているんだし、恥ずかしがるだけ一条さんを喜ばせるだけだと思い、私は何でもないというフリをして一条さんと一緒にお風呂場へ向かった。
湯船に浸かり、一条さんに背を向ける。
思えば、一条さんが私の前で服を脱ぐのは初めてだった。
いつも脱がされてばかりで、一条さんの裸を見たことはない。
男の人の裸に慣れていなくて何となく視線を逸らしてしまう――が、どうしても目に入るものがあった。
それは…傷。
掻きむしったような傷が、一条さんの胸元にあった。
傷について聞いていいのか悪いのか分からずチラチラ何度も見ていると、一条さんはそれに気付いたらしく苦笑する。
「あぁ、これ?見た目ほど痛くないから、気にしなくていいよ」
「それ……その、…自分でしたんですか」
「うん」
「どうして…」
「んー、理由は特にないし、癖みたいなもんだけど、敢えて言うなら衝動かな」
「衝動…?」
「破壊願望みたいなものが強くてさ。一人の時にくると、自分を傷つけたくなる」
まただ。また、一条さんが儚げに見える。
今にも消えてしまいそうなほど脆く感じる。