■Love and hate.
「俺だって栞のことなんて元々好きじゃないし」
「……」
「大嫌いだし」
「…はい」
「ただ、憎たらしかったから構ってただけだよ」
「そうですか」
「知ってる?俺ね、栞と関わるようになってから洋子のこと何度も抱いたよ」
「……」
「栞と同じ学校の子に手を出そうともした」
「……」
「どう?俺がこんな最低な男だって分かってどんな気持ち?悔しい?悲しい?…俺が憎い?」
「……一条さん、」
「どう思ってくれてもいいよ。栞が辛い思いをするなら、それで俺は満たされる」
「一条さん…、…好きです」
「……は?」
「好きです。貴方のことが好きです。多分、ずっと前から好きでした」
どうしてこんなことを言われても好きだと思ってしまうんだろう。
言葉にすると陳腐に感じてしまうけれど、これが今の私の精一杯。
「貴方のことを憎いとは思いません。…でも、お願いがあるんです。私の好きな人を傷付けないでください。貴方が自分のことを傷付ければ、貴方を好きな私も悲しいんです。どうかその癖を直してください。貴方を、私の好きな人を、傷付けないで」
気付いてしまったこの想いを打ち明けるつもりなんてなかったのに、一条さんが相手だと簡単に予定が崩れてしまう。
どうしてこんな厄介な人を好きになってしまったんだろう。
この人が、愛しい。
今度こそ玄関へ行こうとすると、引き留められた。
「…嫌だ…」
私の腕を掴む一条さんの手の力は弱々しく、力が籠もっていない。
きっと、もう引き留めても無駄だと薄々理解しているのだろう。
「行かないで。…失うのは、もう嫌だ」
はらりと、一条さんの目から涙が零れる。
心臓がぎゅうっと締め付けられて、私まで泣きたくなったけれど、なんとか堪えた。
「私は消えるわけじゃありません」
「……栞…」
「この世界のどこかに必ずいます」
「栞、…待って…」
私は、そっと一条さんの手を振り解いた。
「貴方の会社の方々に負けないくらいのデザイナーになりますから、覚悟しておいてください」
もう、引き留めてくる手はなかった。
静かに一条さんの家を出て行く。
外に出た瞬間、私は傘を持ったまま走り出した。
今初めて自分の足でこの地に立った気がした。
走って、走って、走り続けた。
街灯の光が道を照らしてくれた。
不思議と疲れは感じなかった。
鎖が、足枷が、解かれていくように思えた。