■Love and hate.
* * *
言葉を濁しながら、私は一条さんとの奇妙な関係について貴史さんに伝えた。
貴史さんは険しい表情をしながら私の話を黙って聞いていた。
野薔薇は私に、昔一条さんに予備校帰りナンパのようなことをされたと教えてくれた。
驚きはしたけど、一条さんがそういう人間だと――私を傷付ける為に他人を利用しようとするような人間だったと――今では何となく理解していたし、関係を終わらせた日に一条さん自身もそのようなことを言っていたし、何より野薔薇が実際手を出されていなかったことにほっとした。
始終私と野薔薇の話を黙って聞いていた貴史さんは、ティラミスを食べ終わってからようやく言葉を放った。
「一条さんって、…あー…言っていいか?」
「…いいよ?」
「……クズ、だよな」
「……」
返す言葉がない。
そりゃ、こんな話ばかり聞かされれば誰だってそう思うだろう。
「やってることが男として終わってる」
「そういうわけじゃ…いや、確かにそういう部分もあるけど…そういう部分の方が多いけど…!」
「…けど、栞は一条さんが好きなんだな?」
直球なその問い掛けに、言葉に詰まった。
一条さんが好き――その気持ちは、多分今でも変わっていない。
言い訳のようになってしまうけど、だからこそ私は大学時代の恋愛がうまくいかなかったんだと思う。
かと言って、今後この気持ちを一条さんに再び伝えようとは思わない。
……でも、その理由の1つが先程無くなってしまった。
一条さんには洋子さんがいると思ってもう関わらないように意識していたのに、婚約は破棄されたらしい。その理由はもう使えない。
解放感を得たいが為に一条さんを利用していただけだったけど、今の私はもう自立した。
私と関われば一条さんが傷付いてしまうと思っていたけれど、あの手紙の一条さんは、私と昔の関係に戻りたいと言っているようだった。
「……あれ?」
「うん?」
「……私…今、一条さんへの気持ちを抑える理由がない」
あれからもう何年も経った。
あの手紙を書いた頃の一条さんの気持ちが、今の一条さんにまだ残っているかなんて分からない。
でも、今ならもう一度始めることだってできるかもしれないんだ。
私と一条さんとの新しい関係を。
「一条さんが好き。……また会えたら、口説いてみる」
私のぎこちない言葉を聞いて、視界の片隅にいる野薔薇がまた少し微笑んだのが分かる。
「おい野薔薇、こんなこと言ってるぞ?止めねぇのか?」
「栞が選んだ答えなら、否定しないわ」
「あーもう、俺が心配なんだけど。栞、駄目な男に引っ掛かるタイプだろ。あー嫌だ……俺の可愛い栞が駄目男の餌食になる……」
「栞はあんたのもんじゃないでしょ……」
ブツブツ文句を言いながらも、「何かあったらすぐ言えよな」なんて私のことを心配してくれる貴史さん。
いつまでも心配そうな顔でこちらをチラチラ見てくるから覚えず吹き出してしまった。
「笑い事じゃない」と拗ねたように言ってくる貴史さんの機嫌を取る為に、書店で買ったバトル漫画を貸した。
こんな友達が2人もいてくれる限り、何があっても大丈夫な気がしてくる。
窓の外を眺めると、今日は雲1つない青空だった。
その空を鳥が飛んでいるのを見て、鳥の飛び方とはそれぞれ違うものなんだなと思った。