■Love and hate.
「今思えば、妙な関係だったわね。私たち」
「…うん。ごめんね」
「私も、ごめんなさい」
お互い謝って顔を見合わせると、何だか変な感じがした。
今まで昔のことについて話したことなんてなかったのに、今になって素直に謝る自分たちが何だか可笑しかった。
「じゃあ私、そろそろ行くわ」
そう言って俺の隣から離れる洋子は、同じ食事会に出席しているであろう弟の元へ戻っていく。
短く切られた綺麗な黒髪が揺れる。
その後ろ姿を見て、姿勢が良くなったと感じた。
彼女は俺との婚約が破棄されてから変わった。
以前よりも明るくなった。
最初のうちは不安定な状態が続いていたようだったが、彼女は彼女なりの向き合い方を見出し、立ち直ったのだろう。
彼女には元より1人で生きていく力があった。
……関わる人間を遠回りさせることしかできないのか、俺は。
ペシミスティックな考えでありながらも適確な指摘が頭に浮かび、溜め息が漏れた。
洋子に貰ったお茶を一口飲み、会場内へ戻ろうとした――その時。
「あら、奇遇ですね」
品のある紺色のドレスに身を包んだ気の強そうな若い女性が、廊下の向こう側からこちらへ歩いてきた。
首元のネックレスがドレスによく似合っていて、センスが良いと見受けられる。
「まさか貴方まで今日来ているとは思いませんでした」
いかにも昔から知っているというような感じで俺に近付いてくる女性に、この疑問をぶつけるべきかどうか悩んだ。
でも、この女性は俺との会話を求めているようだし、これが分からなければ話が進まない。
「…………誰?」
「……」
女性は不快そうに眉を潜め、口元をぴくりと引くつかせる。
「呆れた。どうでもいい相手のことは覚えようともしないんですね。以前栞に聞いた通りです」
栞、というワードに自分の体がぴくりと反応したのが分かった。
そのワードのおかげでようやく思い出す気になった俺の頭は、今更この女性が何者なのかを告げる。
「私は…そうですね。“栞の親友”と言えばお分かり頂けますかしら?」
親友――あの時の。
この女性は、昔俺が栞を傷付ける為に利用しようとしたあの女の子だ。
栞の家に“一条”という名前で手紙を送るわけにはいかないから、この女性が高校時代通っていた予備校まで行って栞に手紙を届けてほしいと頼んだこともあった。
この服装からして、今日のパーティーに出席しているのだろう。
「栞に苦しめられたいというのは今でもお変わりありませんか?」
「…あの手紙、読んだんだ」
「栞に渡す前に拝見しました。栞を傷付けるような内容なら即座に燃やしてやろうと思いまして」
にこり、と綺麗に微笑む彼女には、やはり紫色の着物が似合うように思えた。