■Love and hate.
「貴方があのような女々しいお方だとは思っていませんでした」
「…悪かったね」
「いえ、褒めているんです。ああいう真っ直ぐなお気持ち、嫌いじゃありません」
「馬鹿にしてるのかな?俺だって気持ちが屈折してることくらい自覚してる」
「いいえ?真っ直ぐですよ。まともさには欠けますが」
女性はそこまで言って目を細め、笑みを深めた。
「今日、栞が来ています」
心臓がどくんと大きく脈打った。
急に息が苦しくなって、妙な緊張感が俺を襲う。
俺が毎回パーティーに出席するようになった一番の理由は、栞に会えることを期待していたからだった。
話せなくていい、ただ遠くから見ているだけでいい、と。
今――…この近くにいる。栞が。
あれから何年も会っていない、あの子が。
「会いに行くおつもりですか」
栞を探そうとペットボトルを置いた俺の行く手を阻むように、女性が目の前に立つ。
「貴方はもう十分後悔なさったでしょうし、とやかく言える立場ではありませんが…これだけは聞かせてください。約束できますか、どれだけの破壊衝動に襲われても栞の心だけは壊さないと」
真剣な眼差しが俺を射抜く。
建前上の言葉を言えなくするような力がその瞳にはあった。
この女性は栞の、紛れもない親友だ。
ここで俺の悪辣な本音を言ってしまえば、栞のことを心配して俺の行動を邪魔するかもしれない。
でも、この場限りの虚言を吐くのは不誠実と言えるだろう。
俺はもう、栞とその周りの人間との不誠実な関係は求めていない。
「俺は、自分で壊した物に愛情が湧くんだ」
「…はい?」
「子供の頃からそうだった。父親が置いて行った何の面白みもない無機質な玩具も、壊せば愛着が湧いた。玩具を貰うたびに1人で壊して遊んでた」
「……」
「壊した玩具は家政婦に捨てられてしまった物以外、未だに残ってる。自分の手で壊してしまった物だからこそ大切にできる」
「……」
「人を壊したことはない。でも、たとえ栞を壊してしまったとしたら――それまで以上に可愛がるようになってしまうだろうね。壊れていく栞を想像するとゾクゾクする。この欲求は俺の性質みたいなもんなんだ」
「……何が、言いたいんですか」
「詰まる所、栞を壊したくないとは思わない」
蔑むような酷く冷たい視線が刺さる。
「でも――また栞に拒絶されるのは嫌だ。だから、栞を壊そうとしたりはしないよ」
どこまでも自分本位で最低な俺のことを、栞の親友であるこの女性は軽蔑しているだろう。
でも、もう限界だ。
あの子がこのパーティーに来ている。
この辺りにいるんだ。
俺の近くに。
「栞に会いたい…お願い、会わせて」
手に入りそうで手に入らない物に夢中になるのと同じように、俺は今栞を欲していた。
バイト先に押し掛けることだってできたのに俺がそうしなかったのは、自分の道を歩むと言った彼女に干渉することを、僅かに残る俺の良心が止めたからだった。
今、栞が自分の意志でこのパーティーに来ている。
それを栞と会うことへの言い訳にできると思う俺はどこまでも狡く、卑しい。
栞が俺と会うことを望んでいなくても、自分でこのパーティーに来たのだから仕方ないだろうと、栞の責任にしてしまおうとしている。