■Love and hate.
「…会場内にいます」
「…会っていいの?」
「私の決めることではありませんので」
「でも、」
「私は、栞の為に止めるべきだと思えば殴ってでも止めます。そうしようとしないということは、貴方の滅茶苦茶な説明に納得させられてしまったということですよ。さっさと行ってください、私の気が変わらないうちに」
その言葉を聞くが早いか、俺は会場内に向かって柄にもなく走っていた。
さっきまであれ程嫌だった人の多い会場内の空気が、不思議とさほど気にならない。
君が同じ空間内にいる。
それだけで逸る鼓動を抑えられず、もしかしてもう俺のことを見つけてどこかから見てるんじゃないかなんて、妙な期待を抱いてしまう。
他者にぶつかりそうな勢いで彼女を探す。会場内に視線を巡らせる。
ふと、胸元のデザインが工夫されているマキシワンピースを着た、黒い小さなパーティーバッグを持つ1人の女性と目が合った。
人と人との間から見える彼女は、遠くにいるにも関わらず、俺のことをじっと見ていた。
……ああ、何年経っても、彼女のことはすぐに見つけられる。
「おい、あれ…今年のデザイン関係の賞をいくつも受賞した伊集院栞か?」
「あのデザイン、わたくしも見ましたわ。素敵ですわよね」
周囲の人間が彼女のことを話題にしている。
俺が動くよりも先に彼女の方が動き出した。
てっきり逃げると思っていたのに、それどころかこちらへ向かってくる彼女の意図が分からず、俺は見入るようにして動くことを忘れる。
いつしか彼女は俺のすぐ正面に立ち、凛とした態度で俺を見つめ、
「お久しぶりです、一条さん」
俺に向かって微笑んだ――それが最後だった。
矢も楯もたまらず、周りのことも考えず、俺はその華奢な身体を掻き抱いていた。
壊れてしまうくらい強い力で。
軽挙妄動だとは分かっていても我慢できない。
離したくない。
もうこのまま離したくない。
この子を秘蔵したい。
俺の物にならなくてもいい。
誰の物にもなってほしくない。
「……一条さん」
か細い声が――酷く懐かしい栞の声が、俺の名前を呼ぶ。
嫌だ、何も言わないで。
その声で俺を拒まないで。
君が俺の物じゃないことくらい分かってる。
あの頃より雰囲気が大人っぽくなった栞は、危うく感じられる。
ひょっとしたらもう恋人がいるのかな。
……嫌だな。寂しいなぁ。
せめて、もう少しだけ――…。
「好きです、一条さん」
「………え?」
俺の理解の範疇を超える言葉を優しく囁いた栞は、更に続けた。
「もう一度、最初から始めませんか」
俺はゆっくりと抱き締める力を緩め、栞の顔を覗き込む。
そこには、目を潤ませて笑う栞の姿があった。
「……遅いよ」
出てきたのはそんな捻くれた言葉で、もっと言いたいことは他にあるはずなのに、出てこない。
「心臓、きゅうってする」
「え?」
「どうしよう…苦しい」
「……」
「栞、助けて…」
「…それが、恋というものではないでしょうか」
「俺は栞が嫌いだよ」
「私は好きですよ」
「…俺から、離れていく栞なんて、嫌いだ」
「じゃあ、離さないでください」
「嫌い、大嫌い…」
この感情をうまく口に出来るまで、この子にこの想いを伝えられるまで、あと少し時間が掛かりそうだ。
でも、それがどういう感情なのかを俺はもう理解している。
「もうどこにも行かないで」
――…この子が、好きだ。
湧き出てきたそれは俺の心を満たしていき、
今初めて
救われた気がした。