黒沢君は絶対にマスクを外さない

黒沢君のひみつ

 同じクラスの黒沢君はマスクを外さない。きっとマスク依存症という心の病気なのだろう。しかし、それ以外のうわさもある。それは、口裂け男のような特殊な口をしているとか牙があるとか……。マンガじゃあるまいし、そんなわけがあるはずがない。しかし、一度気になると黒沢君のマスクを取った姿を一目見てみたいと好奇心が爆発する。でも、弁当の時間も調理実習の時間も絶対に黒沢君はマスクを外さない。

 そのことが気になってから、私はいつも自然と黒沢君のことを目で追うようになっていた。それは、一瞬でもマスクを取るのではないかという期待があり、その瞬間を逃したくなかったからだ。水を飲むときも黒沢君のマスクはちょっとずらす程度だ。もちろん鼻も口も隠したままだ。運よく鼻が見えたとしても、口は見ることができないだろうというくらいガードが堅い。口を見られたくない原因があるのだろうか?

 最近、黒沢君の瞳がきれいだということに気づく。クラスメイトからは不気味で暗い男と思われている黒沢君だが、実は目の形がとても素敵だった。でも、クラスで1番嫌われている黒沢君を素敵だなんて言ってしまったらおかしな人だと思われそうだ。だから、この気持ちはきれいにしまっておこうと思った。

 好きになると、暗い=クール、ぼっち=孤独でかっこいいなどと自分に都合のいい解釈をしてしまう自分が恥ずかしい。

 あるとき、クラスのいたずら好きで反抗的なグループが黒沢君になんくせをつけている。どうやらマスクを取って口元を見せろと言っているようだった。黒沢君ってケンカするイメージがないから、大丈夫だろうかと見守っていると――マスクを取ろうとした男子に向かって黒沢君はけりを入れた。殴り掛かろうとする男子をかわすのも身軽で、プロのボクサーのような身のこなしかただった。

「生意気なやつだ」
 3人がかりで黒沢君にかかっていくと、黒沢君は全員を殴り倒した。

「おまえら、そんなに俺の口元が見たいのか?」
 口元はマスクの下だが、黒沢君はにやりと笑ったような気がした。

「口裂け男なんだろ!! だから、口を見せられないっていううわさだぞ」
 一人のクラスメイトが言う。昭和の小学生の都市伝説のような話を信じているあたり、この男子たちは馬鹿なのだろう。

「マスクとってみようか?」
 黒沢君が耳のひもに手をかける。もしかして、マスク取るのだろうか? 私はかたずをのんで見守った。自然と手が汗ばんでいた。

 黒沢君のマスクがはがれる瞬間――私はつばをごくりと飲んだ。
 あぁ、とうとう彼の滅多にみられない口元を拝見できる、これは緊張の一瞬だった。

 ――ところが、マスクの下にはマスクがあって――。そのマスクの下にもマスクがあって――。

 それを見ていた不良連中はいつのまにか気を失っていた。
「マスク、そんなに重ねていて苦しくないの?」
 ぱっと見1枚しかつけているように思わなかったマスクが、実は何枚もつけているなんて、まるでマジックのようだった。普通、3枚以上つけていればだれの目にもわかるはずだ。

「俺、悪魔の子供だからさ。口元から魔力が出ないようにマスクで封印しているんだよ」
「???」
 私の思考は追い付かなかった。悪魔の子供? どういうこと?

「冗談だと思ってくれてもかまわないけど。君、俺の口元が見てみたいんだろ?」
「え……」
 一瞬否定しようかと思ったが、ここは正直に答えようと思った。
「見てみたい。黒沢君の全てが見たいよ!!」
 ついこんな恥ずかしいセリフを口にしてしまう。

 すると――無限につけていたはずのマスクがひらりと取られた。
「君にだけ特別だよ」
 そういった黒沢君の口元は、決して口裂け男ではなくて――きれいな鼻と口を所持していた。そして、彼の前歯には牙のようなものがきらりと光る。

「俺はこの中学校で、この日本という国で修行中なんだ。だから、これは二人だけの秘密だぞ」

 そう言うと、黒沢君はまたマスクをつけてしまった。
 マスクの下には牙がある悪魔の子供がこの国のどこかで生活しているのかもしれない。それは君の学校かもしれないし、君のクラスにいるのかもしれない。

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