絶え間ない心変わり
その後俺は、今までになく丁寧に言葉を交わし、芹沢さんをどうにか食事に誘うことに成功した。
すぐにってわけじゃない。
俺にしては異例の一ヶ月という時間をかけての誘いだった。
その間に花言葉のコラムはいくつか仕上がっていて、俺のコラムと彼女の花のイラストは評判が良くて長めの連載が決まっている。

(相性はいいんだよなあ)

俺はそう思っているものの、芹沢さんは反対で。
むしろ嫌がっているようにも見えた。

今日も、食事はすれど酒も飲まないしホテルに誘うような空気にもならない。
俺は気長にいこうと思い、料理に合わせたワインを飲みながらあれこれさりげないアプローチをしていた。

「今度、映画とかどう? それとも図書館デートでもいいね。その後、寿司屋にでも行って……」
「河岸さんって結構しつこいですよね」

白ワインを一杯飲んだものの、彼女の顔色はひとつも変化しない。
縁の細いメガネの奥には知的な瞳が光っていて、簡単に誘いには乗らないと決意してるようにも見える。

(うーん……既視感)

彼女の向ける静かで圧のある眼差し。
同じ視線を向ける人を、俺はもう一人知っている。
あの人のは、もう少し温かみがあったが……

「俺のこと、嫌いなの?」

ワインとビールでいい具合に酔った俺は、あんまり手応えがないからついにこんなことを尋ねていた。

ここ一ヶ月、芹沢さんとどう話せばいい感じの俺でいられるかってことばっかり考えてる。
しかも、全然相手は俺になびかない。
だから余計に燃える。
恋愛初心者みたいで、自分でもバカだと思う。

(あの人と彼女はなんの関係もないのに)

俺の質問に、芹沢さんは首を振った。

「嫌いだったら食事もお断りしてます」
「でも、好意はないよね?」

こんな情けない言葉を自分が吐くことになるとは。
でも、どうしてもこの人の女の顔が見たい。
そんな幼稚な欲望がどうしても止められない。

「お仕事を一緒にする方としては満足してます。でも、恋愛の対象にはなりません」
「どうして」
「あなたが傲慢な男性だからです」

また傲慢か。
俺が女好きだって噂は、彼女の警戒心をマックス以上のマックスにしているみたいだ。

「前も言ってたけど、俺のどの辺が傲慢だって感じるの」
「口説き続ければ絶対落ちるって確信して誘ってますよね」

きっと俺を睨み据え、さらに言葉を続けた。

「で、自分の愛情欠乏を“どうせお前も同じだろ“……って決めつけてる。そういうところが傲慢だと感じます」

今までもきつい言葉はいくつもあった。
でも、今回のは相当にきつい一言だ。
そして、彼女の言い方はどうも俺一人に向けて言っているように感じない。

「あのさ……そういう傲慢な男、他にも会ったことあるの?」
「っ!」

いつも飄々としていた芹沢さんの顔が、初めて困惑の色に変わった。

(図星をついたか?)

そう思った次の瞬間、芹沢さんは困った表情のまま携帯画面を見た。

「どうしよう……」
「約束でもあった?」
「明日の約束なんですけど……振り込んでたかなって思って」
(振り込み? 講習か何かか?)
「ぼーっとして忘れてたかも……」

どうやら明日会う人物には、何やらお金を振り込まなくてはいけないらしい。
あまり深い詮索は必要なかろうと放っておきたかったのだが、なんだか様子がおかしいから気になる。

「振り込み、間に合わないんですか」
「確認してみます」

芹沢さんは珍しく焦った様子で席を立つと、急いでどこかに電話をかけていた。
そしてすぐにほっとした表情で戻ってくる。

「よかった。明日は予定通り会えそうです」

ただの独り言なんだろうが、ダダ漏れだから俺も尋ねずにはいられない。

「大事な予定ですか?」
「ええ、彼氏に会うので」
「は?彼氏にお金払うの?」
「ええ。レンタルですから」

けろっとこんなことを言う彼女に、俺は心底驚く。

(今年31歳になるって言ってたけど……結婚とか考えてないのか?)

「結婚はしたいですけど、今は異性と深くなるつもりはないです」

エスパーかと思うほどの洞察力の鋭さにヒヤッとする。

「異性と深くなるつもりない……と言いながらレンタルとはいえ男性とデートするって。矛盾してないですか?」
「割り切れる関係と決まっていると、先を期待しなくていいので楽なんです」
「へえ」
(そんなもんかね?)

女性はそういう割り切りが下手だと認識してるけど。

「レンタル彼氏ってどんなシステムなんですか」

興味本位で聞いてみると、彼女は簡単に仕組みだけ教えてくれた。
レンタル彼氏を派遣しているサイトに登録して、気に入った男性とコースを選ぶ。
そこからは本人同士で約束してデートをするということらしい。

「結構ラフなんですね。危険はないんですか?」
「私は最初にいい人に当たったんで。他の人がどうかはわかんないです」

同じ人をリピートしていると、安全性もあっていいらしい。
そんなかりそめの時間を買って、本気で満足なのか俺には理解できない。

(まさかと思うけど、夜の相手までレンタルしてるんじゃないよな)

下衆な想像をしていると、芹沢さんはキリッと強い視線を向けた。

「変な想像はやめてくださいね」
「何も言ってないよ」
「いやらしい想像したでしょう。日頃の行いのせいです」

どこまでも俺を女の敵と睨んでくる態度には辟易する。
でも、ご馳走したパスタを美味しそうに頬張る姿には好感が持ててしまう。

(なんだろうなあ、この無防備さと警戒心のアンバランスは)

(やっぱり似てるなあ……あの人に)

色気という点では、まるっきりないと言える。
でも、愛らしさとか放っとけなさみたいなのはあって。
その「放っとけない感じ」に、俺はこだわってしまってる気がする。

「あのー……私がレンタルでデートしてるなんて、編集の方には言わないでくださいね」

食後のコーヒーを啜りながら、彼女は今更のように言った。

「もちろん、言いませんよ」
「ありがとうございます」

ほっとした顔でペーパーナプキンを手に取り、口元を拭う。
そしてバッグから形のいい唇を取り出すと、さっとリップを塗った。

(化粧室に立たないで、リップで済ます……今知ってる女の中にはいないな)

媚びた態度はない。
本気で俺にどう思われても構わないという堂々とした感じがある。
なのにちょっと可愛い時もあって、それがギャップ萌えを起こさせる。

(計算じゃないのがまた危ないんだよなあ)

別に好きになる予定なんかないのに、彼女が明日会うという男の顔が気になった。

(リピートしてるってことは、気に入ってるってことだろうし)

「あの、レンタル彼氏の写真を見せ……」
「はい?」
「いや、なんでもないです!」

(どんな男なのか確かめようとしたか? 俺はバカなのか)

正直、今まで女性から恋愛対象外とはっきり言われたのは初めてで。
柄にもなくムキになっている自分がいる。

(……ダサ!!)

自分でこんなツッコミを入れてしまう。
本当ならこの食事でいい雰囲気になる予定だったのに。

(いい雰囲気どころか、相手にもされてないじゃん。超絶ダサ!)

このまま、この女性に執着してる自分を自覚してるのもうんざりだった。

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