絶え間ない心変わり
2話
<亜世視点>
「うまくいったか?」
翌日、約束した個室の居酒屋で会えたレンタル彼氏が私に興味津々に聞いてくる。
この人は、実は私が高校生の頃に少しだけ付き合った彼氏で……レンタル代金は半額にしてもらっている。
「うまくも何もさぁ」
ビールをグッと飲んでから、私は深いため息と共に彼を見た。
「言われた通りやったけど……あんな嫌な感じで本当に好かれるの?」
正直、私は元カレ……木崎聡太に河岸さんのことを相談したのを後悔していた。
(だいたい、聡太と1年もレンタル彼氏として付き合ってることも不自然なんだよー)
一人で過ごす30歳の誕生日が悲しくて、レンタル彼氏を依頼した。
その時に約束した人が予定が合わなくなって、ピンチヒッターでやってきたのが聡太だったのだ。
「大丈夫」
地毛でもある赤みが買った色素の薄い髪をかきあげ、聡太はニヤリと笑った。
「実際、やつは亜世に振り向いて欲しくてムキになり始めてるだろ?」
「んー……少しは興味持ってくれてるかとは思うけど」
私がずっと憧れていた人と仕事をすることになった時、嬉しすぎて思わず聡太に伝えた。
そうしたら、彼から相手を夢中にさせる方法教えるから自分をずっとリピートしてくれと頼まれてしまった。
それまで一ヶ月に1回会うくらいだったのに、半年前からは2週に1回は会うようになっている。
(本当の彼氏と何が違うんだろうってくらいだけど)
男女の関係はないから、まあ……異性の親友っていう感じだろうか。
お金が発生しているのは、そこに確実は一線を引いておきたいというお互いの意思の表れだ。
「そろそろ、きちんと向き合ったほうがいい気がするんだけど……」
「まだまだ。今、甘い顔したら、“所詮そのくらいか“って思われて軽く扱われるのが目に見える」
「えー……」
確かに女性を軽く扱っている人には違いないけれど、それ相応の魅力があるからモテるわけで。
私なんかはそれでもいいと思ってしまうところがあるから、聡太が絶対それを阻止したいと言って協力してくれている。
「でも……このままツンケンしてて、嫌われたらどうするの」
「そうしたら俺がもらってやるよ」
「へ?」
完璧な「親友ライン」を作っておきながら、突然こんなことを言われるとこちらも戸惑う。
でも聡太は河岸さんと張るくらい本心が読めないタイプだ。
商社に勤めながら、会社に隠れてアルバイトでこんなことができちゃう器用な男……信用ならない。
ほんと、信用のなさで言えば聡太の方が数倍信用できないのだ。
(でも、なぜか昔から知ってる人だから安心できるのも事実なんだよね)
「まあ、冗談はさておき」
「冗談かい!」
思わず関西風なツッコミを入れてしまったけど、冗談だって言ってもらって内心ほっとした。
聡太とは絶対友人以上にはなっちゃいけない感じがする。
それは短期間付き合ったことがあるからこその、直感だ。
「まあ……次に誘われたらツンケンはしなくていいだろうけど。自分からサービスするような態度は一切取らないのがいいだろうな」
「ふむ」
「媚びたりはしないけど、時々優しい態度をとるとか、とにかく緩急をつけて相手を翻弄するんだよ」
「翻弄……ねえ」
「そう。で、キスしそうな空気になったらすぐ時計を見て帰ってくること」
「できるかなあ」
「迷ってるんじゃねえ。やれ」
こんな強引な命令、聞いてられないと言ってもいいんだけど。
河岸さんとはどうしてもお近づきになりたい。
そんな邪な期待もあるから、私はこの腹黒な元カレのアドバイスを聞くことにした。
次のイラストのテーマフラワーは「ダリア」だ。
花言葉には「優雅」「気品」のほかに「移り気」「気まぐれ」「不安定」なんてのもある。
今の私と河岸さんにはぴったりだと思った。
*
聡太の言うとおりにできるかどうか、全く自信はないのだけど。
私はその後メールでやり取りする中で、とうとう河岸さんと世界のバラ展示会に行く約束をしてしまった。
名目的には仕事上で花のイメージは擦り合わせておいた方がいいんじゃないか、ということだったけれど……
(二人きりってことは、もはやデートだよねえ)
嬉しくないわけではない。
ただ、食事だけとは違って長時間一緒に歩くとなると、どこかでボロが出てしまいそうだった。
「ま、バレたらその時はその時でいいんじゃない?」
前日に聡太に連絡すると、こんな返事が返ってきた。
こういうとき、ほんっとーにこの人が恋人じゃなくてよかったと思う。
会っている時はめちゃ優しく、一人だけを見てくれる。
ただ、お別れした後はもう心も体も別の女性に向いている。
高校時代から、聡太はそういう男だった。
だから私だけでなく他の多数の女性にも「結婚はしない」「愛情は一人に絞らない」ということを宣言している。
宣言されたって、何回も会っていれば独占欲というものは嫌でも湧いてくる。
修羅場を何度か経験している間に聡太は賢くなり、自分の中で女性と会う回数は決めているらしい。
年月ではなく、回数だ。
だから、たまーに会う人は結果的に少し長めの付き合いになる。
「よくちゃんと別れられるよね」
「新しい彼女を連れて行って、事情を丁寧に説明したらだいたいわかってもらえるよ」
「……呆れる」
こんな会話も何度かしてきた。
聡太は本当にそれで綺麗に別れられたと思ってるんだろうか。
女性にだってプライドっていうものがある。
新しい恋人がいると突きつけられている中で、それ以上惨めな姿を晒したいと思う人はいないはずだ。
笑顔で全て理解して了承したふりをして、内心は思い余している気持ちを煮えたぎらせているに違いない。
「ほんと、いい死に方しないね」
「おう。葬式には参列してくれよ」
こういう冗談だかなんだかわからないことも軽く口にするやつだ。
私は聡太の腹の中はいまだにわからない。
一つだけ理解しているのは、彼は男性経験のない初心な女性には手を出さない人だということくらいだ。
どっちかというと、聡太の外見とか仕事の内容とか、そういう外の装飾に惹かれてやってくる女性を相手にしていることが多い。
(だから私が元カノっていうのは、すごい異色なんだろうなあ)
「亜世は恋人にはなり得ない女なんだよ」
「付き合ったのに?」
「あれは間違い。だから手を出してないだろ」
「まあ……そうだね」
そう、聡太と付き合ったのは高校2年の時の3ヶ月だけで。
食事やお互いの部屋でゲームとかはしたけど、キスもそれ以上もしていない。
不自然すぎる付き合いに疑問を告げても、聡太は“いつかね“と言うだけだった。
それで、ある日突然「新しく好きな人できたから、別れよ」とあっさり振られた。
私の中でも聡太との付き合いはどこか友達の領域を超えないものがあったから、極端な絶望感もなく別れることができた。
「そっか……まあでも、また時間があったらゲームでもしようよ」
こんな間抜けなことを言って聡太を苦笑させた。
恋人がいたら、もう一緒にゲームなんかできないってこの時はよくわからなかった。
それくらい私は恋ってどういうものなのか、わかっていなかった。
(そんなこんなで、私は30歳の今まで異性との経験がないわけで……)
それがコンプレックスかというと、そうでもない。
周囲と同じじゃなくちゃっていうプレッシャーは、時代のおかげでそれほど感じないでいられてる。
(でも、よりによって好意を持った相手が聡太と同じタイプだったとは)
これは計算外だったけれど、河岸さんのことは外見や条件で好きだと思ったわけじゃない。
内面から出てくる、紡ぐ言葉。
彼の内側にあるであろう世界観。
そういうのに惹かれた。
ただ、その内面の美しさと外に見えるエゴの部分はまた違うんだと最近は理解している。
傷つかないように恋愛なんかできないのかもしれない。
でも、好きになったら進まない選択肢はない。
そういう理不尽なほどのパワーも初めて感じたりしているこの頃だ。
「うまくいったか?」
翌日、約束した個室の居酒屋で会えたレンタル彼氏が私に興味津々に聞いてくる。
この人は、実は私が高校生の頃に少しだけ付き合った彼氏で……レンタル代金は半額にしてもらっている。
「うまくも何もさぁ」
ビールをグッと飲んでから、私は深いため息と共に彼を見た。
「言われた通りやったけど……あんな嫌な感じで本当に好かれるの?」
正直、私は元カレ……木崎聡太に河岸さんのことを相談したのを後悔していた。
(だいたい、聡太と1年もレンタル彼氏として付き合ってることも不自然なんだよー)
一人で過ごす30歳の誕生日が悲しくて、レンタル彼氏を依頼した。
その時に約束した人が予定が合わなくなって、ピンチヒッターでやってきたのが聡太だったのだ。
「大丈夫」
地毛でもある赤みが買った色素の薄い髪をかきあげ、聡太はニヤリと笑った。
「実際、やつは亜世に振り向いて欲しくてムキになり始めてるだろ?」
「んー……少しは興味持ってくれてるかとは思うけど」
私がずっと憧れていた人と仕事をすることになった時、嬉しすぎて思わず聡太に伝えた。
そうしたら、彼から相手を夢中にさせる方法教えるから自分をずっとリピートしてくれと頼まれてしまった。
それまで一ヶ月に1回会うくらいだったのに、半年前からは2週に1回は会うようになっている。
(本当の彼氏と何が違うんだろうってくらいだけど)
男女の関係はないから、まあ……異性の親友っていう感じだろうか。
お金が発生しているのは、そこに確実は一線を引いておきたいというお互いの意思の表れだ。
「そろそろ、きちんと向き合ったほうがいい気がするんだけど……」
「まだまだ。今、甘い顔したら、“所詮そのくらいか“って思われて軽く扱われるのが目に見える」
「えー……」
確かに女性を軽く扱っている人には違いないけれど、それ相応の魅力があるからモテるわけで。
私なんかはそれでもいいと思ってしまうところがあるから、聡太が絶対それを阻止したいと言って協力してくれている。
「でも……このままツンケンしてて、嫌われたらどうするの」
「そうしたら俺がもらってやるよ」
「へ?」
完璧な「親友ライン」を作っておきながら、突然こんなことを言われるとこちらも戸惑う。
でも聡太は河岸さんと張るくらい本心が読めないタイプだ。
商社に勤めながら、会社に隠れてアルバイトでこんなことができちゃう器用な男……信用ならない。
ほんと、信用のなさで言えば聡太の方が数倍信用できないのだ。
(でも、なぜか昔から知ってる人だから安心できるのも事実なんだよね)
「まあ、冗談はさておき」
「冗談かい!」
思わず関西風なツッコミを入れてしまったけど、冗談だって言ってもらって内心ほっとした。
聡太とは絶対友人以上にはなっちゃいけない感じがする。
それは短期間付き合ったことがあるからこその、直感だ。
「まあ……次に誘われたらツンケンはしなくていいだろうけど。自分からサービスするような態度は一切取らないのがいいだろうな」
「ふむ」
「媚びたりはしないけど、時々優しい態度をとるとか、とにかく緩急をつけて相手を翻弄するんだよ」
「翻弄……ねえ」
「そう。で、キスしそうな空気になったらすぐ時計を見て帰ってくること」
「できるかなあ」
「迷ってるんじゃねえ。やれ」
こんな強引な命令、聞いてられないと言ってもいいんだけど。
河岸さんとはどうしてもお近づきになりたい。
そんな邪な期待もあるから、私はこの腹黒な元カレのアドバイスを聞くことにした。
次のイラストのテーマフラワーは「ダリア」だ。
花言葉には「優雅」「気品」のほかに「移り気」「気まぐれ」「不安定」なんてのもある。
今の私と河岸さんにはぴったりだと思った。
*
聡太の言うとおりにできるかどうか、全く自信はないのだけど。
私はその後メールでやり取りする中で、とうとう河岸さんと世界のバラ展示会に行く約束をしてしまった。
名目的には仕事上で花のイメージは擦り合わせておいた方がいいんじゃないか、ということだったけれど……
(二人きりってことは、もはやデートだよねえ)
嬉しくないわけではない。
ただ、食事だけとは違って長時間一緒に歩くとなると、どこかでボロが出てしまいそうだった。
「ま、バレたらその時はその時でいいんじゃない?」
前日に聡太に連絡すると、こんな返事が返ってきた。
こういうとき、ほんっとーにこの人が恋人じゃなくてよかったと思う。
会っている時はめちゃ優しく、一人だけを見てくれる。
ただ、お別れした後はもう心も体も別の女性に向いている。
高校時代から、聡太はそういう男だった。
だから私だけでなく他の多数の女性にも「結婚はしない」「愛情は一人に絞らない」ということを宣言している。
宣言されたって、何回も会っていれば独占欲というものは嫌でも湧いてくる。
修羅場を何度か経験している間に聡太は賢くなり、自分の中で女性と会う回数は決めているらしい。
年月ではなく、回数だ。
だから、たまーに会う人は結果的に少し長めの付き合いになる。
「よくちゃんと別れられるよね」
「新しい彼女を連れて行って、事情を丁寧に説明したらだいたいわかってもらえるよ」
「……呆れる」
こんな会話も何度かしてきた。
聡太は本当にそれで綺麗に別れられたと思ってるんだろうか。
女性にだってプライドっていうものがある。
新しい恋人がいると突きつけられている中で、それ以上惨めな姿を晒したいと思う人はいないはずだ。
笑顔で全て理解して了承したふりをして、内心は思い余している気持ちを煮えたぎらせているに違いない。
「ほんと、いい死に方しないね」
「おう。葬式には参列してくれよ」
こういう冗談だかなんだかわからないことも軽く口にするやつだ。
私は聡太の腹の中はいまだにわからない。
一つだけ理解しているのは、彼は男性経験のない初心な女性には手を出さない人だということくらいだ。
どっちかというと、聡太の外見とか仕事の内容とか、そういう外の装飾に惹かれてやってくる女性を相手にしていることが多い。
(だから私が元カノっていうのは、すごい異色なんだろうなあ)
「亜世は恋人にはなり得ない女なんだよ」
「付き合ったのに?」
「あれは間違い。だから手を出してないだろ」
「まあ……そうだね」
そう、聡太と付き合ったのは高校2年の時の3ヶ月だけで。
食事やお互いの部屋でゲームとかはしたけど、キスもそれ以上もしていない。
不自然すぎる付き合いに疑問を告げても、聡太は“いつかね“と言うだけだった。
それで、ある日突然「新しく好きな人できたから、別れよ」とあっさり振られた。
私の中でも聡太との付き合いはどこか友達の領域を超えないものがあったから、極端な絶望感もなく別れることができた。
「そっか……まあでも、また時間があったらゲームでもしようよ」
こんな間抜けなことを言って聡太を苦笑させた。
恋人がいたら、もう一緒にゲームなんかできないってこの時はよくわからなかった。
それくらい私は恋ってどういうものなのか、わかっていなかった。
(そんなこんなで、私は30歳の今まで異性との経験がないわけで……)
それがコンプレックスかというと、そうでもない。
周囲と同じじゃなくちゃっていうプレッシャーは、時代のおかげでそれほど感じないでいられてる。
(でも、よりによって好意を持った相手が聡太と同じタイプだったとは)
これは計算外だったけれど、河岸さんのことは外見や条件で好きだと思ったわけじゃない。
内面から出てくる、紡ぐ言葉。
彼の内側にあるであろう世界観。
そういうのに惹かれた。
ただ、その内面の美しさと外に見えるエゴの部分はまた違うんだと最近は理解している。
傷つかないように恋愛なんかできないのかもしれない。
でも、好きになったら進まない選択肢はない。
そういう理不尽なほどのパワーも初めて感じたりしているこの頃だ。