星から推しがやってきた!
やり直しましょう
「それではこれより、九條 錬の記者会見を始めます」
もちろん本人はいない。白く長いテーブルの前に座っているのは、わたし一人だけ。
カメラや記者の数は前よりも多い気がする。茨木さんいわく、スキャンダルの方が食いつきがいいって(あんまりいい意味ではなさそう)。
「今は本人がいないので、今日はかわりに九條 錬の妹―咲さんに来てもらいました。どうしてもみなさんに伝えたいことがあるそうです」
まっすぐ顔を上げた向こうに、城井さんの顔が見えた。あいかわず強気な顔をしている。
わたしだって、もう負ける気はないんだから。
茨木さんがうなずいてスタートの合図を送る。わたしもうなずいて、それからマイクに口を近づける。
もう原稿はいらない。
「くじょ……兄が今いないので、わたしがかわりにお伝えします。まず、先日の生誕コンサートではファンのみなさんをがっかりさせてすみませんでした……なので、やり直しコンサートを開きます。三日後、午後の十三時から。前の生誕コンサートに来てくださったファンのみなさんを同じ会場に招待します!」
ざわっ。
眉をひそめて、ざわつく。そんな中、城井さんが立ち上がった。
「やり直しって、大丈夫なんですか? そもそもそんな大事な謝罪とおわびを、なぜ本人がしないんですか? なぜあなたがするんですか?」
さすが、ズバリ聞いてくる。わたしの正体もあやしんでいるからね。
今までのわたしだったら、たとえうそでもみんなの前で堂々と言えなかった。だけど、今日はちがう。
「わたしが九條 錬の妹だからです。家族だから。家族は助け合うものだからです」
「妹、ですか」
あからさまに鼻で笑われる。
「まあ、仮にそうだとして。つまり、九條 錬は実の妹に責任を押しつけて逃げているというわけですね」
「ちがいます。兄は―九條 錬は準備をしているんです。来てくれるファンをもっともっと楽しませるための」
「楽しませるって……前のコンサートで何があったかもう忘れたんですか? ファンの子がたおれてきたのに、あなたのお兄さんはそれを避けたんですよ? さらにその後は助けもせず、呆然と立ち尽くすだけ。そんなアイドル……いいえ、アイドル失格の人がお客を満足させられるんですか?」
「それについてすごく後悔しています。でも、だからこそもう一度コンサートを開くんです。傷つけた人をもう一度笑顔にするために。九條 錬はまちがいなく最高のアイドルです。わたしはずっとそう思ってきたし、これからもそう信じています。九條 錬に、ずっとアイドルを続けてほしい……!」
城井さんに言ったんじゃない。ここではないどこかにいる九條 錬に伝えているんだ。
届いたかな。
届いていればいい。
届いてほしい。
「―ほかに質問はありませんか?」
まっすぐ城井さんを見返す。わたしはついに自分の気持ちをぶつけることができた。
城井さんはくやしそうにくちびるをかむ。「これ以上はありません……」と、すごすご引き下がる。
ほかの記者さんたちからの質問はない。今度はわたしから合図を送って、茨木さんがうなずく。
「それではこれで会見を終わります。みなさんがコンサートに来てくださるのを楽しみにしております」
会見は、茨木さんのにっこり営業スマイルで終わった。
***
すっかり辺りは暗い。こんなにおそくなってから七色ガーデンに足を踏み入れるのは、少し緊張する。
でも会いたい人がいる。どうしても話したい人がいるんだ。
今日はどのコーナーにも寄り道をしないでまっすぐ奥へと進む。
そのうち、園内の照明とはちがう淡くてやさしい光が見えた。
九條 錬だ。わたしの推しは、ここにいる。
花の虹の前にあるベンチで座って、ぼうっとしている。
そっと近づこうとしたけれど、足音でバレた。
「! だれだ?」
ふり返った九條 錬はいっしゅん体を後ろに引いて、でもわたしだって気づくと前のめりになって口を開いた。
「何できみがここに?」
「あなたこそ。星に帰ったんじゃなかったの?」
九條 錬は何も言わない。だまってわたしを見つめた後、肩の力を抜いてまっすぐ座り直す。
ゆっくり距離をちぢめて、となりに座ってみる。彼は嫌がらない。逃げもしない。でも、わたしを見てくれないまま、話しを始める。
「どうしてここにいるって分かったの?」
「この七色ガーデンにホタルが出たって記事を見て。ぜったいにここにいるって」
「そっか。コンサート、開くから忙しいんじゃないの」
「やっぱり会見、見てくれるたんだね」
「ぼくを連れもどしにきた? そうだろうね。ぼくに触れられるのは、この地球上できみしかいないんだから」
「ちがうよ」
茨木さんはそれを期待しているけれど、わたしは最初からそんな気ない。九條 錬が心の底から「アイドルを続けたい」って思ってもらえなくちゃ、意味ないもん。
「話をしに来たの。ちゃんと話せなかったから」
「説得してもムダだよ。ぼくはコンサートには行かない。もう人前でおどったり、歌ったりしないんだ」
「説得なんてしない。わたしは本音を聞きたいの」
「本音ならとっくに―」
「うそつかないで!」
立ち上がって、それから九條 錬の前に仁王立ちする。
「ぜんぜん本音で話してもらってないっ。だって九條 錬っていうアイドルは優しくて、接触できない分のべつのファンサービスが最高だから。自分が悪者になって、わたしたちファンを守ろうとしているから。だからうそをついている。わたしもうその妹。でもこのままうそをつきつづけるなら、わたしを本当の妹だと思って、本音を教えて……!」
泣かないつもりだったのに、あふれる気持ちと一緒になみだが出てくる。九條 錬も、悲しそうに表情をしている。
「お願い。今だけでいいから。家族には本当のことを話して……」
「未空」
九條 錬も立ち上がる。やさしくわたしの手をとって、こつんと自分のおでこをわたしのおでこにくっつける。
あったかい。
「ごめん。本当にごめん。アイドルをやめて帰るのが一番だと思ったんだ。ぼくのせいで、だれかが傷つくのを見たくなくて……そっけなくすれば、ぼくがアイドルに未練なんてないって思わせれば、だれも追ってこないって思って。本当に帰ろうと考えたんだ。でも、帰れなかった。ぼくはこの星が好きだ。アイドルも、ファンのみんなも、未空も好きだ」
「じゃあ、コンサートに来てください。みんなの前で、もう一度」
「……だれも、ぼくの歌を聴かないよ」
すっと離れられて、あたたかさが消える。
「みんなを好きな気持ちに変わりはない。でも、アイドルをやめたことはまちがっていないと思う」
透明な壁の向こうで、一人でさみしげに笑っている。
「分かりました」
素直にうなずく。引き止めないし、これからどこかに消えようとしても追うつもりもない。
決してあきらめたわけじゃない。
わたしは今、九條 錬の本心を聞いて決めたから。
「待ってます。三日後、コンサート会場で」
今度はわたしから背を向けて立ち去る。どんどん光が遠くなって、足元はとても暗いけれど怖いとは思わない。
ふり返らない。
ファンと推しの間で一番大切なことは、信頼だ。
だからわたしは、九條 錬というアイドルを信じて待つ。
そう決めたんだ。